農林水産省によれば、2016年2月時点での農業の就業人口は約192万人で、1983年と比べると70%も減少している。農業従事者の平均年齢は66.8歳で、農家の高齢化や人出不足は深刻な社会課題だ。

課題の多い業界にも、業界外から改善に向けた光が差し込み始めている。

異業種から農業に参入する企業たち

異業種から農業に参入するプレイヤーが登場しつつある。トヨタ自動車は、自動車製造で培った「カイゼン」ノウハウを農業に適用。農業管理ITツールの「豊作計画」を開発した。

NTTドコモは自社の通信事業領域のノウハウを活用し、畜産向けアプリケーション「モバイル牛温恵」や、マップ・航空写真を利用したクラウド型農業支援システム「アグリノート」などを提供している。

このように、自社が培ってきたノウハウを活かしながら農業に新規参入するプレイヤーが登場する中で、プレイヤーたちに共通しているのは、テクノロジーに強みを持ってることだ。テクノロジーと農業が融合した領域は「AgriTech」と呼ばれ、農業の生産効率の向上や、供給を安定させる可能性があるとして注目を集めている。

テクノロジーを強みにしているプレイヤーの中でも、IoTに注力しているプレイヤーの参入はチェックしておきたい。

IoT戦略を軸に、農業へ参入

ドイツの自動車部品や電動工具メーカーRobert Boschの日本法人ボッシュ株式会社は、AIによる農作物の病害予測サービス「Plantect」のサービス提供とともに、日本国内で新しく農業への参入を発表した

Robert Bosch代表取締役社長のウド・ヴォルツ氏はスマート農業事業に参入するにあたり、以下のようにコメントしている。

「IoTソリューションに必要なセンサー、ソフトウェア、サービスを一貫して手がけるボッシュの強みを活かしたPlantectにより、ハウス栽培の収穫量向上に貢献できると考えています」

Robert Boschが販売する製品のひとつに自動車部品、家電、スマホなどに組み込まれている「MEMSセンサー」がある。自動車や家電などのスマート化が進むことで、センサーから収集できるデータの量は増え、そのデータをどのように活用するかが重要になってくる。

モノづくりの領域では、様々な製品からデータを収集し、そのデータを分析することで、製品の運用や開発に活かす動きが始まっている。ゼネラル・エレクトリックは、こうした動きを「インダストリアル・インターネット」と名付け、IoT戦略に積極的に取り組んでいることで注目を集めている企業だ。

Robert Boschが本拠を構えるドイツでは、政府が工場のスマート化に力を入れており、「インダストリー4.0」が政府主導で進められている。通信やセンサー、分析の技術が向上してきたことで、これまで取得できなかったデータが取得可能になり、分析可能となった。

データを取得し、分析しようという流れは工場や自動車だけに限らない。ボッシュが参入した農業も、センサーやデータを活用することで新たな価値を生み出そうとしている。では、農業においてデータが取得できるようになると、どのような変化が生まれるのだろうか。

農業に必要なデータが不足しているという課題

農業では、収穫量や農作物の価格変動による農家の収入が不安定であることが課題となっている。農作物の収穫量に影響を与える要素として、自然災害などの外的要因の他に、病害の発生が挙げられる。

農家では病害を予防するために、感染前に薬の散布を行う。だが、これまでは病害が発生するタイミングを把握することが難しく、適切なタイミングで薬を散布することができなかった。

過去の病害発生データがあれば、病害の発生タイミングを予測することができる。ボッシュは、様々なデータを取得しやすいハウス栽培という環境に注目した。

ボッシュが開発した「Plantect」は、農作物の育成に影響を与える湿度、温度、日射量、葉濡れなどのデータを収集し、AIによる解析を行うことで病害予測を目指している。

Plantect

「Plantect」には、2つの機能がある。1つ目の機能は、ハウス環境のモニタリング機能。ハウス内に温度、湿度、二酸化炭素、日射量を計測できるセンサーを設置し、そのデータをスマホやPCなどのデバイスでリアルタイムに閲覧することが可能だ。

2つ目の機能は、病害予測機能。ボッシュ独自のアルゴリズムによって、葉濡れなど病害発生に関わる要素が解析され、気象予報と連動し、植物病の感染リスクの通知をアプリ上に表示してくれる。

100棟以上のハウスからリアルタイムにデータを集め、それをアルゴリズムで解析することで、予測を表示する。過去データの検証では、予測精度は92%を記録しているという。100%ではないが、これまでは最適なタイミングがわからなかったことを考慮すれば、良い精度だと言える。

農作物の病害虫の発生量と発生時期を予察することを一般的に「発生予察」と呼び、これまで国や地方公共団体が病害データの収集と解析を行ってきた。収集できるデータ量が増えるのであれば、その予測精度が高まっていくと考えられる。

勘や経験に頼るのではなく、データを収集して農場や農作物の状況を可視化することで、農業生産の方法を改善していく。この他にも、データが収集されるようになっていくことで、様々なことが可能になる。この先、農業分野におけるIoTソリューションはさらに注目を集めていくだろう。

社会には、農業のように未だデータ化されていない領域は多い。ICT技術を持つ企業にしてみれば、自社のアセットが活かせるフィールドがまだまだ広がっていることになる。今後も、ボッシュのように、異分野へと参入する企業は増えていくだろう。

img : Bosch