大学時代からずっと使っているレザーのキーホルダーがある。大きなリングに鍵やUSBをジャラジャラつけられて便利なのだが、数年前にフックが壊れてしまった。レザーの紐を解き、新しいフックを付け替え、紐を結び直すと、元の機能を取り戻す。一手間かけたら今でも現役。そろそろ10年選手だ。

質のいいものを長く使い続けたいという価値観

2017年1月、スウェーデンで興味深い「減税」が行われた。衣料品や皮革製品、自転車、家電などの修理に対する付加価値税を25パーセントから12パーセントに引き下げたのだ。北欧だけではなく、世界各国で「修理」の価値が見直されてきているように感じる。

アメリカには、PCやスマートフォン、タブレットなどを中心に、ゲーム機やカメラ、家電、ひげそりやピアノなども含めた様々なガジェットを分解してそのリペアガイドを作っている企業「iFixit」がある。

デザイナーのナガオカケンメイ氏による、”ロングライフデザイン”をテーマとするストア「D&DEPARTMENT」では、シミや色あせなどで着れなくなってしまった洋服を染めなおし、もう一度着られるようにする「d&RE WEAR」を展開している。

最近では、日本古来のリペア技術、金継ぎも人気のようだ。全国各地でのワークショップの開催や、金継ぎキットの発売、Airbnbによる地域に根ざした体験を提案するサービス「トリップ」の日本の体験としても金継ぎがラインナップされている。

修理の価値が見直される背景には、大量生産されたモノを買い、使い捨てるという考え方から、質のいいものを長く使うという価値観への変化があるのではないか。修理のプロセスや、リペアした後にしかでてこない味や雰囲気を楽しんでいる消費者もいるだろう。

45名のリペア専属スタッフを雇い、毎年3万件の修理を手がける「パタゴニア」

アウトドアブランド「パタゴニア」も、リペアに熱心に取り組んできた企業だ。会社にはリペア部門があり、リペア専従スタッフを雇用している。本国アメリカの場合、ネバダ州リノにサービスセンターを設け、45名のフルタイムスタッフが毎年3万件の修理を手がけている。

アメリカでは2013年から「worn wear」というプログラムを展開。同プログラムでは、リペア済みの古着をオンラインショップから購入できたり、パタゴニアの店舗で古着と交換することができる。

リペアしながら着続けている商品との思い出を語ってもらうブログの運営や、前述の「iFixit」と連携し、DIYリペアガイドの公開。改造したリペアトラックで出張リペアイベントも開催している。

「”BETTER THAN NEW”(新品よりもずっといい)」というキャッチフレーズを掲げ、新しく買うことよりも、修理しながら長く使い続けることを推奨している。

パタゴニア CEOのローズ・マーカリオは次のように語る

「個々の消費者として惑星のために私たちができる最善の行動は、モノを長持ちさせることです。適切な手入れと修理によって私たちの製品の寿命を伸ばすという単純な行為は、長期間にわたってモノを買う必要性を減らし、二酸化炭素の排出と廃棄物および製品を作るための水の使用量を削減します。

修理はなぜそれほどまでに急進的な行為なのでしょうか。捨ててしまうことになるものを修理することは、ファッションや流行を追う急速な技術進化の全盛期では、多くの人びとにとって考えも及ばないことです。私はこれを、責任ある製造に深く献身しながらもいまだに返済できる量以上を地球から奪っている、衣類製造会社のCEOとして言っています。」

20年前のハネムーンから今日まで。パタゴニアのジャケットとともに人生を歩んできた

日本でもリペア部門の体制が整い、本格的に「worn wear」のプログラムが行われることになった。日本にあるパタゴニアの全ての直営店で、プログラムの内容を紹介するコーナーを設置し、イメージパネルや修理ガイド本などを展示している。

日本語版のウェブサイトでは、日本人を含む世界中のアウトドアマンがリペアしながら使っているパタゴニア商品との冒険話を読むことができる。

patagoniaの前身であるシュイナード・イクイップメント時代のバックパックを父から譲り受けたスカイ・グリーンラー氏は「山へ行くときに持っていくと、父と一緒にいるような気がするの。背中で私を守ってくれる守り神のようにね。登山と岩場用のパックとしても、仕事用としても使っているわ。このバッグは本当に気に入っています」と話す

ジュリー&デイヴィッド・マディソン夫妻は、20年前に撮影した写真と全く同じ構図、同じウェアを着た写真と共に「20年前のハネムーンから今日にいたるまで、私たちのジャケットは人生が私たちに投げかけてきたあらゆることに耐えてくれました。次の20年もあなたたちと一緒に迎えることを楽しみにしています。パタゴニアの復元力に感謝を込めて」とコメントを寄せている

スタッフのブランド愛が消費者に伝わる

なぜパタゴニアは「リペアして長く使い続けたい」と思われるブランドになったのだろうか。

パタゴニアのスタッフは、アウトドアスポーツを日頃から楽しみ、自然の美しさやありがたさを身をもって体験している。スタッフ自身が、自然環境は積極的に守っていかないと壊れてしまうことを理解し、様々な取り組みを行っている。

なぜリペアに取り組むのか、なぜ新品ではなく古着を長く着ようというキャンペーンを行うのか、パタゴニアのスタッフならば、会社の方針を正しく理解しているだろう。

スタッフにとって、会社の方針に同意できることは、働くことへの気持ちよさへと繋がり、日々の接客やストアイベントを通じて消費者にも伝わる。消費者がスタッフや製品と接する中で、パタゴニアの姿勢が伝わり、消費者もそれに応える。その背景があるからこそ製品を大切にしようと思えるのだろう。

パタゴニアはファッションとしてもカッコよく、ギアとしては高性能。値段は高めだが、壊れてもリペアして長く使える商品を世界に流通させている。

資本主義経済の時代を生きているぼくたちにとって、ビジネス的に成功しながら、自然環境の保護にも本気で取り組む企業は希望だ。彼らが長年貫いてきたスタンスは、一朝一夕で作れるものではない。表面的に真似したところで、消費者にはバレてしまうだろう。

長年環境問題に取り組むパタゴニアが実践するからこそ、説得力がある。消費を促しすぎない小売が愛される時代の到来に、ワクワクするのはぼくだけではないはずだ。

img : Patagonia, d&RE WEAR, Worn Wear

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