「世界最先端の電子国家」と呼ばれるエストニア。Skypeが誕生したことでも知られており、ITスタートアップ関連の情報がさまざまなメディアに取り上げられることが多くなってきた。本連載では少し視点を変えて、スタートアップ文化を育むエストニアの周辺環境・要因について紹介していきたい。

16,000,000,000,000ギガバイト(GB)。

ぱっと見て、これが何桁で、何を表わす数字か即答できるひとは少ないのではないだろうか。16兆GB、これは2016年に世界で生み出されたデータの量である(IDC調べ)。1兆ギガバイトは、1ゼタバイト(ZB)と表わすこともできる。

この「ゼタ」という単位、初めて耳にするというひともいるかもしれない。情報の単位について、現在よく使われるのが、ギガとテラだろう。1000メガバイトは1ギガ、そして1000ギガが1テラバイト(TB)となる。外付けハードディスクでよく1TB、2TBのものが売られているので、このあたりであればイメージがつくかもしれない。

この1TBが1000TBとなると1ペタバイト(PB)と呼ぶ。そして1000PBは1エクサバイト(EB)となり、1000EBが1ZBとなる。ギガ、テラ、ペタ、エクサ、そしてゼタと単位が上がっていくのだ。ちなみに1000ZBは1ヨタバイトと呼ぶ。

デジタルデバイスの増加、ストレージ技術の向上で世の中のデータ量は爆発的に増えており、2025年には160ZBと現在の10倍ほどに膨らむという見込みもある。こうしたデータ爆発の時代を「ゼタバイト時代」と表現するメディアも増えている。

この爆発的に増加するデータはそのままでは価値がなく、それらを共有したり、分析によりインサイトを得ることで真価を発揮する。だからこそ、多様なプレーヤーによるデータ共有や人工知能を活用したデータ解析などがこの時代のホットトピックとなるわけだ。

今回は先端電子国家エストニアが隣国フィンランドと開始したクロスボーダー・データ共有の取り組みを紹介するとともに、欧州全体におけるデータ共有の可能性について見てみたい。

世界が注目、エストニアとフィンランドのクロスボーダー・データ共有

世界でもっとも進んだ電子国家と呼ばれるエストニア。99%の行政サービスが電子化されており、オンライン上で税金、医療、教育、交通などに関わる手続きが可能だ。

これを可能にしているコア技術が「X−Road」と呼ばれるデータベース連携プラットフォームだ。X-Road プラットフォーム上で、企業、病院、学校、行政機関のデータベースがつながり、シームレスなデータ共有ができるようになっている。


X-Roadイメージ図(世界銀行レポートより)

エストニアは国民がこの電子行政システムを他の国でも使えるようにするだけでなく、欧州域内に広めるという野心的な計画を進めている。

この一環で、今年から開始されたのがフィンランドとのプラットフォーム統合・データ共有の取り組みである。フィンランド側にも、X-Roadに相当するプラットフォームがあり、それらを連携する形でデータが共有されることになる。

この取り組みの第1フェーズでは両国間の医療データが共有されることになる。これにより、エストニア人がフィンランドの病院で治療を受けるとき、その病院の医師は患者の医療記録にアクセスすることが可能となり、迅速で的確な診断・治療が可能となる。また、フィンランド人もエストニアで同等の医療サービスを受けることができる。2019〜2020年頃を目処に、両国で医療データの完全統合を目指すという。

さらにエストニアとフィンランドは医療データのほかにも、企業活動、住民登録、社会保障、税金、教育などに関わるデータを共有することを計画している。このようにさまざまなデータを共有できるようになると、それまで紙の書類の処理に要した時間的・人的コストを削減できるだけでなく、両国間のひとの移動や企業活動を活発化させ、経済に好影響をもたらすことができると考えられている。

欧州はモノ・資本・サービス・労働の4つの移動を自由化することで「欧州単一市場」をつくりあげてきた。一方で、デジタル分野においては各国の法規制が壁となりデータ移動の自由化はあまり進んでいないといわれている。そこで欧州委員会は2015年「デジタル単一市場」というコンセプトを打ち出し、域内のデジタルエコノミーの拡大を目指した取り組みを本格化させた。

エストニアとフィンランドの取り組みは、欧州全域でこの「デジタル単一市場」を実現するための足掛かりとして重要な意味をもつものである。欧州全域で、データ共有が進みデジタル単一市場が形成されると、毎年4150億ユーロ(約55兆円)もの経済効果が期待されるという。

欧州から世界に広がるか、クロスボーダー・データ共有の未来

エストニアやフィンランドを筆頭にデータ共有の可能性を模索する欧州。今年7月からエストニアが欧州連合理事会の議長国となったことから、デジタル単一市場実現に向けた取り組みは活発化しているようだ。

欧州全体では個人情報以外のデータに関して、域内の移動自由を確保するための法整備が進められる予定だ。また2018年までに欧州域内のデジタルコンテンツ・アクセスが開放されることも計画されている。

これまでジオブロックにより、欧州域内であっても国ごとにデジタルコンテンツへのアクセスが分断されていたものを、ジオブロックをなくすことで、域内であればどこでもデジタルコンテンツにアクセスできるようにするもの。

たとえば、これまではフランスでネットフィリックスに加入していても、欧州の他国に行ってしまうとアクセスができなかったが、域内であればどこでもアクセスできるようになるという。

また欧州はデータ共有の可能性について、アジア太平洋経済協力(APEC)とも協議を実施している。両グループは2012年から、データの相互運用性に関する協議を行っており、今後もそれぞれの進展を加味しながら欧州・アジア間のデータ共有の可能性を探っていく見込みだ。

エストニアとフィンランドの取り組みがこうした世界的なデータ共有トレンドの先端を行くのは間違いないだろう。プライバシーやセキュリティが関わるため、技術的な側面だけでなく、各国の法規制も絡んでくる複雑なテーマであるが、両国が実例を通してその恩恵やポテンシャルを世界に示してくれている。

img: WB

【連載】電子国家エストニア