近年、起業のハードルは限りなく下がった。
小資本・小規模リソースでも自らビジネスを立ち上げることが可能となり、VCやエンジェル投資家から、数十億円単位で資金調達を実施する起業家も珍しくなくなった。

一方で、市場から認められ、事業を継続的に発展させ続けられるスタートアップはひと握りだ。
せっかく事業を生み出しても、キャッシュが少ない中で、それを広く認知させる営業・マーケティングリソースを確保することがスタートアップにとっていかに厳しいか、想像に難くないだろう。

だがそうした困難を乗り越えられたいくつかの成長企業の裏には、とある大企業の存在があった。IT業界の巨人、マイクロソフトだ。

従来のお堅いイメージがあったマイクロソフトがいま、より柔軟に、より大きく変わりつつある。

今回は、スタートアップ事情を熟知するエンジェル投資家の有安伸宏氏(以下敬称略)と、日本マイクロソフトでスタートアップ企業のビジネス支援を行う部門をリードする
原浩二氏(以下敬称略)に、マイクロソフトのスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」について語っていただいた。

“大きな物語の消失”と“身近な成功”がスタートアップ興隆の要因

────近年、大型資金調達を実施するスタートアップも増えてきた印象がありますが、投資家の有安さんから見て、どのような流れが業界に来ていると思いますか。

有安伸宏(起業家・エンジェル投資家)
ユニリーバ・ジャパンを経て、2007年にコーチ・ユナイテッドを創業。2013年に同社の全株式をクックパッドへ売却。2015年にTokyo Founders Fundを共同設立。米国シリコンバレーのスタートアップへの出資等、エンジェル投資も行う。投資先はマネーフォワード、キャディ、Kanmu、Azoop、MaterialWorld、レンティオ、WAmazing等、日米約80社。2018年に国内初のスカウトスキームを採用したJapan Angel Fundを共同設立。慶應SFC卒。

有安 マクロ的な観点で言えば資金調達を取り巻く状況は、今とても良い流れが来ていると思います。

大企業がイノベーションを「外出し」しようとする動きも依然として強いですし、CVCや金融機関系VCの投資意欲も堅調。独立系VCも大型化していて、50億、100億といった規模のファンドも珍しくなくなった。10年前と比べて、時代が変わった感じがありますよね。

もはやファンド(資金量)よりも投資先の起業家、スタートアップの方が不足している。良い市場選択をしていて、かつ優れたチームだと、プロダクトやトラクションなどの「証明」が不十分でも、あっという間にお金は集まってくる印象です。シード期に限っては、もはや、金融資本はコモディティと感じることも多いです。

────起業家などプレイヤーが少ないということは、一社にかけられる資金は増えている、ということでしょうか。

有安 そうですね。あくまで過去の日本との比較ですが、バリュエーションも高騰して投資額も増えています。

アメリカや中国の投資水準に日本も近づいている気がします。グローバルで勝負するには、大きな投資が必要なので、世界展開したいスタートアップにとってはいい状況だと言えると思います。

原(マイクロソフト) ちなみにスタートアップの数自体は増えてきているのでしょうか。

有安 増えていると思います。あとキレイなキャリアというか、会社員で年収数千万円クラスの安定した環境から起業する人も増えてきている印象です。

────なぜそうした流れが生まれてきているのでしょうか。

有安 ストレートに言ってしまうと「大きな物語の消失」ですよね。高度経済成長期にあったようなキャリアの成功、人生の成功のテンプレートが消滅し、個人ひとりひとりが模索を強いられているように見えます。

いまだに人口が増え続けていて、問題を抱えつつも強い経済を持つアメリカと違い、向こう20年で日本は就労人口がドラマチックに減少して、国力が落ちていくことが目に見ています。

僕は今30代ですが、やはり日本の将来について色々考えてしまいますし、より若い10代、20代の子たちは先行きが見えないこの社会で生き抜いていく方法を真剣に考えていますよね。

原(マイクロソフト) 確かに、今年入社したある新卒社員はクリエイターとしての副業にも力を入れています。当社でスキルアップして、次の段階も柔軟に考えている感じがします。

有安 良い意味で会社に全く期待していなかったり、独立志向の強い若い人たちが増えてきているなと感じます。

加えて、スタートアップの身近な成功事例自体が増えたことも起業家が増えてきた要因として大きいのではないかなと思いますね。

大手企業を辞めて起業して短期間で上場や売却をした人が身近にいたりすると、「あいつができたなら、自分もやってみようかな」と、起業の心理的なハードルが下がりやすくなっているのではないかなと。メディアで成功物語を10記事読むよりも、身近な友人知人の成功物語1つに触れる方が、インパクトが強いはずです。

起業家の良し悪しが事業のダウンサイドを定義し、市場選択がアップサイドを定義する

────では、成長するスタートアップにはどのような特徴があると思いますか。

有安 そのテーマについては、ちょうど今日の午前中に海外投資家と話をしていました。

ファウンダーが重要か、マーケット選択が重要か、と大きく分けて2通り、シリコンバレーでも考え方があります。僕はこれまでは、後者の、市場選択が最も重要だと考えていました。良いマーケットを見つけて修羅場を乗り越えれば、結果的に自然と起業家も成長していくケースを多く目にしてきたからです。

ですが最近では、前述のように「優れた起業家が足りていない」日本の起業環境をより正確に言語化するならば、「起業家の良し悪しが事業のダウンサイドを定義して、市場選択がアップサイドを定義する」のではないかと考えています。

つまり必要十分な資質を備えた創業者であれば、短期では困難に直面することがあっても長期的に見れば成功にたどりつく可能性が高い。

しかし、どんなに優れた経営陣でもマーケットの選択自体がまずいと、アップサイドが伸びていかないイメージがあります。戦場が間違っていると、将軍や軍隊がどんなに優秀だとしてもひっくり返せないんです。

────事業を成功させる可能性が高い“良い起業家”とは、どんな人だと思いますか。

有安 走りながら考えられる人ですね。走りながらすごいスピードで事業の意味づけができる人だと思います。

大企業ではあまり必要とされない能力ですが、スタートアップはプロトタイプをつくってプレゼンしてまたやり直して……というサイクルを、スピード感を持って繰り返さないといけない。

────有安さんが今注目しているのはどのような領域のスタートアップですか。

有安 今までは、利用者が増えるほどサービスの価値が増加するネットワークエフェクトに注目してきましたが、最近は、社会的に大きな問題、不便・不安の解消にフォーカスした領域、社会問題解決系の領域に関心があります。成功するかどうか、という観点よりも、取り組むべき大きな課題かどうか、という点へ関心が移ってきました。

多くの人が不満に思うことのうち、政府や資本市場が解決できない領域は、スタートアップこそが頑張るべき領域だと思うんです。

原(マイクロソフト) 最近、医療系の領域で起業されている方とよくお会いすることがあるのですが、色々な課題があるという話を聞きますね。医療分野は慣習的、物理的な不便も多く、巨大なマーケットなのは明白であるにも関わらず、法整備や規制が強いためなかなか成長していくのが難しいようです。

有安さんの観点から、これから成長していくであろう業界や領域は、どのような分野だと思われますか?

有安 一昔前の国内だと、Pure Webの事業チャンスはたくさんあった。ネットの波、スマホの波があったので、メディア、EC、ゲーム、SNS等色々ありましたよね。その陣取りゲームが徐々に埋まってきて、VRグラスやAirPodsなどの新しいデバイスの普及によって生まれる領域をのぞくと、純粋なWebサービスの事業チャンスは減ってきていると思います。

昔と違って、大学生の起業家など、特定の産業領域のインナー知識をもたない起業家が手を出せるジャンルが減っています。「最近の若手起業家は、昔と比べて大変だな。」と感じます。

そういう背景があるので、一次情報、インナーのインサイトの価値が過去よりも相対的に高まっています。ある業界、ある領域の内側に入って、圧倒的な当事者意識を持って顧客の抱える問題にコミットする姿勢がないと、事業を立ち上げづらくなってきているのではないでしょうか。

マイクロソフトが本気で取り組むスタートアップ支援

────スタートアップ企業が急成長していく過程においては、大企業からの経済的・物理的支援が強力な武器となります。マイクロソフトが近年力を入れている「Microsoft for Startups」とは、どのようなプログラムなのでしょうか。

原 浩二
(日本マイクロソフト株式会社 コーポレート営業統括本部 クラウド事業開発本部 デジタルネイティブ担当部長)
2010年に三井情報に入社後、2014年にマイクロソフトに入社。その後、九州にてクラウド事業の立ち上げを経て、2016年から日本におけるスタートアップ領域を担当、Microsoft for startups の日本での立ち上げに従事。2019年からマイクロソフトの日本におけるスタートアップ領域の責任者に就任。信州大学卒。

原(マイクロソフト) まず、スタートアップの方にマイクロソフトのクラウドサービス「Microsoft Azure」やOfficeなどマイクロソフト製品の提供を行っています。

また、これまでマイクロソフトがお付き合いしてきた大手企業とのマッチングや、マーケティングなどの営業支援をしています。

これまで日本国内で約300社、グローバルでは約1万社のスタートアップを支援していて、ここ2、3カ月で特に支援先が増えてきています。

────マイクロソフトの狙いや想いとは、何でしょうか。

原(マイクロソフト) 企業規模を問わず、さまざまな企業とともに成長したいという想いがあります。

マネタイズについては、IPOをして落ち着いたなという頃合いに実現できればという感じで、長期的なお付き合いを考えています。

マイクロソフトは、“もうOfficeを売っているだけの会社”じゃないということを伝えたいですね。

これまで当社のソフトウェアは従業員数の多い会社に売れてきましたが、Azureなどのクラウドサービスは従業員数が少ない会社にも必要とされます。

支援したいと感じる、起業家・チームと出会いたいです。

────有安さんは、マイクロソフトが本格的にスタートアップ支援をしていたことを知っていましたか。

有安 知ってはいたものの、意外でしたね。インターネットのレジェンド企業というイメージが強いから、大手企業しか相手にしないのかなと思っていましたが、とてもフレキシブルですし、スタートアップに対しても「まず相談してください!」というオープンなスタンスなので驚きました。

原(マイクロソフト) そうですね(笑)。まず、スタートアップのみなさんが何に困っているのかじっくり話し合えれば、マイクロソフト側ができることも見えてくると思っています。

逆に、できないことはできないと伝えて、どんな場面でも最後は“人対人の信頼感”を大切にしています。

マイクロソフトが大手企業とスタートアップの間に入って話し合いの場を持つことで、大手企業からは「マイクロソフトが勧める会社なら」という安心感を持っていただけるんです。

手前味噌ですが、こうしたネームバリューを活かした支援もできるのではと感じています。

────これまでの支援における成功事例を教えてください。

原(マイクロソフト) 有名なところだと国内最大級のビットコイン取引所を持つbitFlyer(ビットフライヤー)さんには、仮想通貨のプラットフォームに弊社サービスを活用していただきました。

マイクロソフトには、国内外でAzureによるブロックチェーンの実装事例が多数あります。

この先、成功のサポートをしたい企業のひとつを挙げると、ブロックチェーン企業のLayerXさんです。

私たちがブロックチェーンに取り組んでいる理由は、次世代の通信技術の波を捉えたいから。だから、同じように波を見据えて勝負しようとしている人を支援したいと思っています。

LayerXさんとは隔週で定例会議をして議論を深めている状況です。

有安 隔週の頻度は多いですね!

原(マイクロソフト) マイクロソフトには、自分たちが前面に出るより誰かを支えるという社風があるので、それが現れたかたちになれていると思っています。

新CEO・サティア氏就任により変革したマイクロソフトの企業文化

────今おっしゃった事例が成功した理由はどこにあると思いますか。

原(マイクロソフト)  ひとつは、スタートアップと大手企業とのつなぎ役を買って出た点にあると思っています。

実際にマイクロソフトの社員もその場に同席して橋渡しに努めています。

マネージメント側からすると「そこまで時間と手間をかけて、その事業本当にスケールするの?」と懸念することもありますが、大手企業がイノベーションを起こせなくなっている今、その価値は十分あると思っています。

スタートアップ側にとっても大手企業の存在を無視できないとしたら、何か協業できる道を一緒に探ることは大きな意味を持つと思います。

もうひとつは、社内の雰囲気が柔軟に変わってきたことも理由として挙げられます。

スタートアップ支援には以前から取り組んでいたのですが、Azureの一部のサービスはWindowsベースでしか使えなかったり、スタートアップの方々にはご不便をおかけしていました。

その後、Azure上で様々なオープンソースを活用できる体制や環境が整い、リソースが限られているスタートアップでもクラウド投資を比較的手軽に行っていただけるようになりました。

────マイクロソフト社内の雰囲気が変わってきたんですね。

原(マイクロソフト) 2014年にサティア・ナデラがCEOに就任したことが大きかったと思います。

その前からBtoBの会社に変革しつつあったものの、イノベーティブな感じが周囲に伝わらなくて、売上が上がっているのに株価は伸びない状況で…(苦笑)

2014年から、他社製品との連携にも積極的になり、会社の方向性がオープンになりました。
マイクロソフトの社員用端末でiPhoneが使えるようになったのは私自身驚きました(笑)

サティアが書いた『Hit Refresh(ヒットリフレッシュ)』という著作でも、経営陣が膝を突き合わせて話し合っている様子がうかがえたし、若手以外も変わろうとしていることを感じます。

今スタートアップがマイクロソフトを“使い倒す”べき理由

────投資家側から見て、スタートアップがマイクロソフトの支援を受けることでどのようなメリットがあると思いますか。

有安 インターネットの歴史を創ってきた会社なので、マイクロソフトのお眼鏡にかなったというだけで、投資家や大企業の担当者もある程度は安心できるという信頼が発生しますよね。

これは、エンジェル投資家が果たす役割と似ている気がします。また、スタートアップと大手企業の橋渡しという役割は重要です。双方の意思決定プロセスはまったく違うし、互いにシナジーを過度に期待していたりします。

社内制度や社風の違いで話がまとまらないというもったいないケースもたくさん見てきましたから、そこをフォローしてもらえるのは助かりますよね。

────これまでのスタートアップは、ハイスペックな営業やエンジニアなど、何でも自分たちでリソースを確保する必要があったと思いますが、「Microsoft for Startups 」のような支援を活用すれば変わってくる動きもあると思いますか?

有安 確実に流れが変わってくるでしょうね。僕が会社を創業した2007年頃と比べて今の状況は大きく変わっていて、活用できるクラウドサービスは増え続けているので、マイクロソフトさんのプログラムはぜひ「使い倒してやる」くらいの気持ちで利用させてもらっていいんじゃないでしょうか(笑)

投資家や起業家との飲み会でも「最近どんなサービスを使ってる?」という話題が出るのですが、便利なサービスを素早く取り入れられるスタートアップは成長が早いと思います。

おっしゃるように、これまでスタートアップは“何も持っていない”ことが当たり前でした。経済的、人的リソース、全てを自分たちで調達する必要があり、事業をグロースさせるという本質的な仕事に集中できないというのも常です。

ですが、大企業の持つ圧倒的なリソースを使わせてもらうことができれば、起業家は事業のことだけに頭を使えるし、サービスの質や生産性も圧倒的に高まると思います。

原(マイクロソフト) 弊社としてもぜひスタートアップの皆さまには、マイクロソフトのリソースを使い倒していただきたいと願っております(笑)

サービスの話でいうと、今当社では将来のOSにしたいという思いで「Microsoft Teams」というワークスペースの開発に力を入れています。

現状で「Slack」の月間アクティブユーザー数を超えたはずです。「Microsoft for Startups」でも使えるので、そういったツールについても自由に使い倒してほしいですね。

大企業と共創していくことが、スタートアップ成功への道

────マイクロソフトとしては、このプログラムをスタートアップの人たちに、どのように活用してもらいたいと思っていますか。

原(マイクロソフト) 当社のアセットを使いたいと思ってくれる人なら基本的に歓迎です。

これはまだ構想段階ですが、当社がハブとなって、スタートアップが世界を目指すサポートをできたらと考えています。

マイクロソフトでは、シリコンバレーや上海などの世界8所において「Microsoft ScaleUp」というプログラムで短期のバッチを回しているので、支援しているスタートアップの何社かと一緒に拠点に行き、短期のバッチを回す経験をしていただけたらと考えています。

ブロックチェーンやAIの領域、ロボットの領域だと言語の壁も感じずに進められそうです。

────今後の展望について、教えてください。

有安 来年のテーマは“自分の芸風を広げること”、ですかね。

先ほど良い投資家とは何かという部分でもお話したのですが、これまで自分が信じていた投資基準やスキルなどを一度棚卸ししてみて、より時代に合ったかたちに大きく変えていきたいなと思っています。より正確には、芸を変えるというよりは、広げる、武器を増やしていくイメージです。

スタートアップが走りながら考えることを大事にしているならば、投資家も変わらないといけません。起業家も、投資家も、それぞれが独自の世界観と戦略で、カンブリア爆発みたいな独自進化を遂げていくと良いと思っています。日本のスタートアップエコシステムにとって、基本的に「多様性は善」なので。

意識高い系から低い系まで色々な起業理由があっていいし、エコノミクス重視から社会性重視まで、様々な投資判断基準があって良いと思っています。

原(マイクロソフト) これまで僕らはソフトウェアをつくってきた会社なので、まだまだスタートアップ支援は力を入れ始めたばかりです。

投資家からの知見、インサイトをお借りしながら、将来大きくなる人たちと一緒に成長していきたいと思っています。

────スタートアップ起業家や、これから挑戦する人に向けてもメッセージをお願いします。

有安 やりたいこと、課題が見つかっている人はとてもラッキーだと思います。人生短いので早く始めることをおすすめします。

週末起業でもいいし、法人などの形にこだわらず自分なりの挑戦をしてほしい。それが豊かで多様なエコシステムに繋がっていくはずです。一度しかない人生、「挑戦」の一歩目はもっとフランクで雑なものでいいと思います!

原(マイクロソフト) マイクロソフトはさらにチームを強化してエンゲージを深めていくので、スタートアップの方はぜひ遠慮なく声をかけていただけたらと思います。

全てをスタートアップ内でつくりだす必要はなくて、私たちのサービスや支援を使って共創していくことが成功への近道だと信じています。

取材・文:花岡郁
写真:西村克也