少子高齢化が進む今、日本には様々な問題が生じている。労働人口の減少、生産性の低下など様々あるなかでも、誰もが直面し得る問題の1つが介護だ。

要介護認定者数は増加の一途をたどるが、それに対応できるだけの介護施設、労働者は揃っていない

ゆえに、要介護状態であるにも関わらず施設不足や介護を受けられない「介護難民」や、65歳以上の高齢者が65歳以上の高齢者を介護する「老老介護」が急速に増えているのが現状だ。

年々深刻さを増す介護領域に対し、AIを駆使して課題解決しようと奮闘するスタートアップが、株式会社エクサウィザーズだ。

エクサウィザーズは、AIベンチャーであるエクサインテリジェンスと、介護領域に強みを持つ静岡大学発のベンチャー、デジタルセンセーションが経営統合して生まれた会社だ。
2社が持つ強みを活かしつつ、マイクロソフトの支援も受けながら介護問題に切り込んでいる。

一方で、培った技術を他領域にも応用しており、HR Tech、Med Tech、Fin Tech、Robot Techなど、様々な事業を通じて社会課題の解決に取り組んでいる。

AIと介護、一見すると縁遠い存在に思える両者をつなげ、課題解決を行うためには何が必要なのか。社会課題に取り組むベンチャーが生き残っていくためのコツはあるのか。
デジタルセンセーション創設者であり、現在エクサウィザーズの取締役を務める坂根裕氏(以下、敬称略)に話を伺った。

介護の現場を知って、言葉にならない衝撃を受けた

──2006年に、静岡大学発のベンチャーとしてデジタルセンセーションを立ち上げられて、どのような事業を手掛けてきたのでしょうか。


エクサウィザーズ 取締役 坂根 裕氏

坂根 当初はライブ配信サービスや医療系のデータ解析まで幅広くやっていました。その一方で、私が教員として所属していた静岡大学の研究グループでは、幼児の知能発達の過程や、高齢者の知能がどのように変化していくのかについて研究していました。

そのつながりの中で、介護領域の仕事をやりませんかとお誘いいただいたんです。

そこから、フランスのケアメソッド「ユマニチュード(※)」の研修事業をスタートすることになりました。これが、介護事業に進出したきっかけですね。

──それまでは、坂根さん自身は介護領域にはほぼノータッチだったんですね。

坂根 そうなんです。だから、研修事業を始めた後、私も10週間のユマニチュードインストラクター育成研修に参加して学ばせて頂きました。試験にも合格して、ユマニチュード認定インストラクターの資格を取得しました。

現場を知らないままものを作るのが嫌だったので、インストラクター育成研修に参加したという側面もあります。長年、研究者・エンジニアとして働いてきたなかで、現場で使われるものを作りたいという思いはずっと変わっていません。

──他にも様々な事業をやられてきたなかで、介護事業に注力しようと思った理由を教えてください

坂根 現場を知ってしまったからですね。

はじめて病院へ見学に行ったとき、全く動かない状態で車椅子に座っておられる高齢者の方を見て衝撃を受けました。もし自分が同じ状態であったら、生きていたいと思うかなと考えてしまった。一方で、自分の親ならそんな状態になっても絶対生きていてほしいと感じ、なんとも言えない複雑な感情が芽生えました。

介護が必要な状況になっても、本人も家族も心穏やかに暮らせる仕組はないのかと真剣に考えるようになりましたね。

介護される側だけでなく、介護する側の実情を知ったのも大きいですね。
家族介護者向けのユマニチュード研修に参加すると、「このメソッドを知らなければ、自分は生きていられなかった」と泣きながら話してくださるような方に出会うことがありました。

そのような話をお聞きしてしまったら、もうやるしかないですよね。

※ユマニチュード・・・人と人との関係性・絆に関する哲学に基づく、フランス発の知覚・感情・言語による包括的コミュニケーション・ケアメソッド。「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱で構成され、センスや感覚ではなく技術とその背後にある哲学や人との向き合い方が整理されているため、多様な状況へ対応が可能。

介護とAIを掛け合わせて見えた、新たな課題

──エクサインテリジェンスと統合して以降、どのようなシナジーが生まれているのでしょうか。

坂根 介護とAIを組合わせることで、新たなソリューションを生み出すことができます。

たとえば、今はAIを組み込んだケア技術の指導サービス「コーチングAI」を開発しています。ケアスキルの高い方が、ケア動画に赤ペンを入れながら指導できるケアコーチというツールをつくりました。

指導動画と指導データを学習させることで、基本的な内容であればAIが技術指導できる状態になることを目指しています。
基本的な指導をAIに任せられれば、人はより高度な指導に集中できるはずです。

これは介護とAIそれぞれの深い専門知識がなければ、実現できないサービスだと思っています。

一方で、コーチングAIは介護領域にしか使えないかというと、そんなことはありません。人が介在する必要があり、品質を向上していく必要がある職種であれば十分横展開が可能です。たとえばアパレルの接客・販売や、航空会社のCA研修など、幅広い領域で活用できる可能性を持っています。

──1つの事業で開発した技術を他領域に応用しているから、多事業展開ができているんですね。

坂根 技術開発しているなかで、特定の領域にしか使えない技術の方が少ないと感じています。当社の場合、多くのエンジニアは技術統括部に所属し、必要に応じてさまざまな事業部の開発にアサインされます。

全社員同じフロアで働いていて、コミュニケーションしやすい環境にしているので、事業部間の連携もよく行われています。例えば、介護領域で開発した技術が別事業部で応用できそうだなと思ったら、すぐ相談することが日常的に行われています。

──介護とAIは一見かけ離れていて、サービス化するのが難しそうなイメージです。サービス開発する際、注意しているポイントはあるのでしょうか。

坂根 現場に寄り添い、当事者が感じている課題を把握することです。現場に入り込み、どのような課題を感じているのかをヒアリングします。

ほとんどの場合、現場の方々が肌で感じている課題は適切であることが多いです。一方で、彼らが提案してくる解決策は実現不可能であったり、よりよい手段があるケースが多いです。ITやAIの専門知識を持っているわけではないから当たり前ですよね。当社では、現場の課題を自分ごととして把握して、AIを活用した、より本質的な提案を行っています。

課題を把握したビジネスとエンジニアのスタッフが密に連携し、現場で使われるソリューションを生み出していく。この流れを崩さないよう気をつけています。

ヒト・モノ・カネが潤沢にはないスタートアップが、なぜ多事業展開できているのか

──現在、約150名が在籍し、うち半数がエンジニアという体制で、同時にたくさんの事業を推進されていますよね。人数的には決して余裕があるとは言えない状況だと思うのですが、どのように運用されているのでしょうか。

坂根 2年半前から参画している「Microsoft for Startups」の存在が大きいですね。参画することでMicrosoft Azureを使えるのですが、導入することで劇的な変化が起こりました。

──具体的にはどのような変化があったのでしょうか。

坂根 余計なリソースを削減できたうえに、検証スピードが圧倒的に早くなったんです。
AI開発を手掛けるマシンラーニングエンジニアは、検証用として手元にGPU(画像処理装置)を置きたがる人が多かったんです。

利用するマシンの台数が増えるとそれだけ管理コストが多く必要となり、開発開始までの初動が遅くなります。そもそも、エンジニアの人数分のGPUを用意するとなると、場所の問題や電源の問題など、物理的な課題もありました。

Microsoft Azureを導入してからは、それらの問題が解決できました。ハード購入から設置、設定などの作業がなくなり、エンジニアは手軽に開発や自分のアイデアを検証できるようになりました。

システム開発は、どれだけトライ・アンド・エラーできるかが大事だと思うんです。どのアルゴリズムとどのデータを組み合わせるといけそうか、試行錯誤を繰り返すことでしか良いサービスは生み出せない。

ただ、立ち上げ期のスタートアップは体力がなく、開発や検証にじっくり時間をかけられる余裕がないところがほとんど。だからこそ「Microsoft for Startups」からの支援は本当に助かっていると実感しています。

この先も、課題ファーストを貫く

──介護領域で描いている直近の展望、その後の長期的なビジョンを教えてください。

坂根 介護だと、専門人材の不足、介護離職などの問題に切り込んでいきたいですね。親が突然要介護になり、何も知らない身内が介護に取組まなければいけない状態になり、人生の計画がくるっていく・・・という問題をITで解決できないかと考えています。

そしてこれからも変わらず、社会課題の解決に取り組みます。AIを掲げてはいますが、AIで全て解決できるわけではありませんので、あくまで手段の1つと捉えれています。解決したい課題に対して、必要なテクノロジーを実現して社会実装していきたいです。

マイクロソフトさんとも、今後は技術面だけでなく、ビジネス面でも協業していく予定です。やりたいことはある程度定まっているのですが、私自身、まだマイクロソフトさんが持つリソースや可能性を把握しきれていません。これからしっかり対話して、どの領域で連携すればいいのかを探っていくことで、大きな社会課題の解決へと進んでいきたいと思っています。

※この記事は日本マイクロソフトからの寄稿記事です