2019年、各地で話題になった「同性婚」

2019年は世界の「同性婚」に関するニュースが目立った気がする。

お隣の台湾がアジアで初めて同性婚を合法化したり、コロンビアの首都ボゴタで初の女性市長に選出されたクラウディア・ロペス氏が選挙後に女性のパートナーと結婚したり、様々な動きがあった。

フィンランドで12月に史上最年少・女性3人目の首相となったサンナ・マリン氏が、女性同士の「夫婦」のもとで育った自身の出自を語ったことも記憶に新しい。


サンナ・マリン氏(画像:wikipediaより)

意外な発信元から「外圧」を受けている日本

現在の時点で同性婚を認める国は欧米の先進国を中心に世界の20%を占め、それらの国がGDPに占める割合は6割近く(EMA日本調べ)。

電通の調査によると、日本においても少なくとも人口の約8%は性にまつわるなんらかの多様性を持つLGBTQ+の当事者であり、20代から50代の日本人の78%は同性婚を支持しているという。

しかし結婚やパートナーシップを巡る現状としては、「男性と女性が婚姻届を出して性別を同じくし、家族になる」という極めて伝統的な形式以外の法制化は、まだまだ現実味さえないというのが正直な印象ではないだろうか。

そんな中、1年ほど前から日本政府に同性婚の合法化を強力にプッシュしている海外の団体がある。それが意外なことに人権団体でもLGBT系のNPOでもなく、米国を中心とした欧米各国の商工会議所なのだ。

主要先進7か国(G7)の中で唯一同性婚が合法化されていない日本に向けて、在日米国商工会議所(ACCJ)がまとめる形でオーストラリア・アイルランド・カナダなど5か国の商工会議所が早急な法整備を求める異例の声明を提出し、ACCJ理事のNancy Ngou氏が機関誌や会議で発言したほか、その後デンマークなど数か国の商工会議所も声明の支持を表明している。

その理由は第一に、本来ならば両国のビジネスに大いに貢献できるはずの高度な技術を持った海外のビジネスマンが、同性パートナーとの法的な関係性を維持できないことを理由に日本への赴任を拒否するケースや、そうでない場合でもそういった人材に対して企業が独自に特別な措置を講じて日本に引き留める必要に迫られて「財務上・管理上の負担となっている」ケースが多発していること。

また、逆に日本国内からLGBTの優秀な人材が平等性を求めて海外に流出するパターンにも触れ、日本がこれから激化するであろう世界的な人材争奪戦で不利な立場に立っていることも警告した。

さらに職場のダイバーシティや被雇用者のメンタルヘルスと生産性の相関性なども概観したのち、「日本の社会は(民間レベルでは)既に婚姻の自由を認める準備ができている。

必要な法改正を行うことは、LGBTのコミュニティだけでなく、日本でビジネスを行う企業や海外でビジネスを行う日本企業のすべてに利益がある。

また、そうした変化は、国際舞台における日本の名声・経済競争力全体にも好影響を及ぼすだろう」と結論付け、オリンピックに向けて日本に注目の集まる2020年こそが変化の時だと訴えている。

「日本は先進国だと思っていたのに…」

個人的なお話で恐縮だが、この伝統的な日本の婚姻法がビジネス上不都合を引き起こしている場面は筆者にも馴染みがある。

私は今オランダで暮らしており、日本への赴任が決まった現地のビジネスマンに日本語レッスンをする機会もあるのだが、その場合パートナーと「婚姻」ではなく「パートナーシップ」の登録をして家族を営んでいる人にとって問題になるのがパートナーのビザ(現在オランダで家族を営むカップルの約20%がパートナーシップ登録者である)。

日本国は海外の会社員が日本に駐在する場合、本人の他には「配偶者(婚姻関係のある)と子ども」にしか滞在ビザを発給しない。何十年連れ添っていようが、二人の間の子どもを何人育てていいようが、日本国の法律では「パートナー」は「他人」なのだ。「日本は先進国だと思っていたのに、結婚の選択肢はえらく古風なんですね」とびっくりされる。

異性カップルの場合は仕方なくバタバタと手続きをして「結婚」してから家族で日本に渡っていくことが多いが、これが同性カップルの場合オランダで結婚しても日本政府から「婚姻」と認められないため、ビザがおりない。

ある日本のことを一切知らなかったオランダ人カップルは、その古式ゆかしい法律にひどく「後進国」のイメージを抱いてしまい、不安そうに「日本には…その、パンとか、あるの…?」と訊いてきた。苦笑するしかなかった。

マイノリティの「不可視化」が変化を阻んでいるか

2009年から2014年にかけて日本に在住した、LGBT当事者でアメリカ人言語学研究者・教育家のDavid Harger氏はこう語る。


日本在住時のHarger氏(右:本人提供)

「欧米でよくみられるような、LGBTを宗教的・道徳的な視点から攻撃するような議論は日本にはありません。だからこそ法律が同性カップルの権利に全く配慮していないのはいつも驚きであり、残念でした。これはおそらく、日本の同一性を重視する文化によるものでしょう。

他の異質な少数派と同じように、LGBTも『存在しないもの』とされている。何度も日本人が『日本には同性愛者はいない』と言うのを聞きました。

いないから結婚できなくても問題ないと思っている。しかし日本のような今後人口の減少が見込まれる国にとって、確実に国民の数%を占めるLGBTの流出を防ぐことは需要なタスクなのではないでしょうか」。

先ほど紹介した商工会議所からの声明でも言及されていたが、このマイノリティの「不可視化(いないものとみなすこと)」こそが日本で最大のLGBTの、そしてビジネスの敵なのかもしれない。

国内当事者にとっての「深刻な不都合」

一方、国内の同性カップルだが、こちらもやはり労働者としての生産性や経済活動に影響しかねない深刻な不都合を抱えている。

法的に「赤の他人」であるということは、税金の配偶者控除や年金関連など税制面での優遇、パートナーが受ける医療・介護処置への同意、遺産相続、賃貸住宅の名義人であるパートナーが死亡した際にその賃貸契約を引き継ぐこと、「両親」となるための養子の共同親権、育児・介護休業の取得など、普通に結婚している配偶者ならば当然の権利が逐一法にブロックされるということだ。

つい先日筆者の旧友が「自分が生きている間の同性婚は望めまい」とあきらめて、仕方なく次善の策として長年連れ添ったパートナーと「養子縁組」の手続きをしたのだが、彼女はそれまでずっと「相手が目の前で死にかけても手術の同意書にサインもできない、自分が死んだら家の相続権はずっと一緒に住んで一緒にローンを払った相手ではなく会ったこともない叔母とかに渡ってしまう」という恐怖感にかられていたという。

ちなみに現時点で「同性パートナーシップ制度」を実施している全国で26の自治体のどれかに引っ越して、住民登録をし、パートナーシップを得たとしても、それに法的効力はほぼ皆無。配偶者と同等の待遇が受けられるのは最大で心ある民間企業からのサービスに限定され、上記のような法的な手続きには一切影響しない。

国内で続々と動き出す企業

このように法的には恵まれているとは言い難い我が国の同性カップルだが、先述の友人は「現時点で法的な変化は望めないが、LGBT施策のメリットを理解する企業が増えて取り組みが広がっていけば可能性があるのでは」とみている。

実際、世界的な潮流に敏感な大企業を中心に、LGBTの社員の平等に配慮した施策は徐々に広まっている。

ソニー、パナソニック、日本IBM、日本マイクロソフトといった、社内規定で社員の同性パートナーにも法律上の配偶者と同等の福利厚生や休暇制度を認めている企業も増えている。

日産自動車、ソフトバンクグループなど、各種制度に加え同性パートナーと「結婚」した社員には証明書なしで結婚祝い金を支給することを決定するケースも。

LGBTの社員のパートナーの扱いを含む人事制度、行動宣言、当事者コミュニティの充実度、啓発活動など5つの指標で申請した企業のLGBTに対する取り組みを評価する「PRIDE指標」では、昨年152社が最高ランクの「ゴールド」に位置付けられ、その中でも以下の4社がベストプラクティス賞に選出された。

・TOTO(性的マイノリティの公共トイレに関する調査結果を公表)

・JR東日本(当事者社員を対象としたLGBTネットワーク交流会を実施)

・日本航空(国内初のLGBT アライ・チャーター便を運航)

・EXIL(金沢大学などと共同でオフィストイレの全性別利用に関する調査結果を公表)

「世界で一番初めに同性婚を合法化した国」の先例

さて、多くの方がご存じの通り、同性婚を世界で初めて合法化した国はオランダである(2001年より。世界初の同性パートナーシップ制度制定はなんと30年以上前、1989年のデンマーク)。


世界最大のLGBTの祭典、アムステルダムレインボープライド(画像:Pixabay)

リベラルで多様性に寛容、人権重視なお国柄もあり、昨年の調査では92%の国民が同性婚を支持しているという結果が出たが、こんな国にも同性婚が今日のように法的にも社会的にも認められるまでには若干の紆余曲折があったようだ。

そもそも2000年に上院で同性婚法の決議がなされた際にはキリスト教系の政党が全員反対票を入れたため、49対26と3分の1以上を反対が占めていた。単にそのタイミングで彼らの議席が少なかったから賛成多数になっただけだ。

賛成派の政治家にも、「世界の笑いものになるのでは」「何らかの神の罰が下されるのでは」など、不安を抱くものもいたという。

オランダ最大のLGBT権利団体・COC Nederlandの理事Koen Van Dijk氏は、豪ガーディアン紙に「オランダは、同性婚反対派が形を成す前に世界に先駆けて同性婚を合法化してしまったからこそ、妨害や反発を免れたのだと思います。

それ以降世界の各地でLGBTを抑制しようとする宗教団体が活発化してきましたし」と語った(実際、同国で同性婚賛成派の割合は2006年にはたった53%だった)。世界初の合法化は、進歩的なお国柄に加えてタイミングと勢いが後押ししたといえるのかもしれない。

しかしそう言ってしまっては身もふたもないので、同性婚法可決当時キリスト教民主党党首で、先陣を切って反対票を投じたHannie van Leeuwen氏が数年後に公にしたコメントを最後に紹介したいと思う。

「同性結婚に反対したとき、私は恐怖に駆られていたのです。しかしその後多くの同性カップルが幸せに結婚していく姿を見て、私は間違っていたことに気づきました。(中略)今となってはもう当時の自分を理解できません」。

今は生産性やイメージといった「メリット」のためであっても、同性のカップルを「いるもの」と意識して権利を守っていく、そして社会に「見える」ようにしていく企業の取り組みは、やがて法を動かす原動力にもなるかもしれない。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit