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先進技術を用いて、より良い社会を目指す市川市

ここ数年、世界中で注目を集めているSDGs(持続可能な開発目標)。これは2016年から2030年の15年間で「持続可能でより良い社会」を目指すために、2015年に国連で採択された、いわば国際的ゴールである。

これを受けて、近年日本でも、企業が目先の利益だけを追い求めるのではなく、長期的な視点で戦略を立てていくことが、トレンドとなっている。

このような背景の中、長期ヴィジョンを掲げ、先進的な取り組みに挑戦し続けている行政がある。それが、千葉県の市川市だ。

同市が2019年に都市の問題を解決するための仮想会社として発足した「ICHIKAWA COMPANY」は、都市が抱える独自の問題を、市民目線と専門技術の融合によって解決し、新しい都市モデルを目指すプロジェクトである。

同プロジェクトは、生活のデジタル化、ヘルスケア、働き方、多様性など、都市の課題解決を図ることを目的とし、これは市川市だけではなく、地球にとっての未来にもつながる重要な課題である。

そんなICHIKAWA COMPANYのプロジェクトの一環として、先進的な技術や斬新な発想に基づく既存技術を組み合わせ、便利で暮らしやすいまちの実現を目指すために設置した、産学官の連携コンソーシアム「いちかわ未来創造会議」では、2019年から今年にかけて、市民や民間企業と一体となって社会実証実験を行なっている。本稿では、本実証実験の主な取り組み内容、解決したい課題、想定される未来などについて紹介する。

【1】株式会社Aikomi「地域に眠る資産を用いた認知症の新実証実験」

本実証実験は、株式会社Aikomiと共同で行った認知症ケアの実証実験である。

超高齢社会に突入している国内では、今後の認知症の問題は深刻で、内閣府の平成29年度高齢者白書によると、2025年には高齢者の5人に1人が認知症になるという推計が出ている。

そういった背景の中、本実証実験は、市川市発の新しい認知症ケアを全国に展開させることを目指して行われた。

本実験が従来の認知症ケアサービスと違うのは、心理的な部分に特化してアプローチをしているということと、グループではなく個人個人に合ったプログラムを用意していることである。

まず、認知症者の家族に対してインタビューを行い、認知症者の生い立ちを把握する。そして、タブレットから昔の写真や出身地の写真、懐かしい曲などを流すことで、認知症者に刺激を与える。

多くの認知症者は、新しい記憶をインプットすることは苦手であるが、過去の記憶は比較的保たれることが多い。そのため、過去の思い出を懐かしみ、自発性を高めることで、認知症の悪化防止が期待できる。

3日間にわたって行われた、本実証実験。実験中の認知症者は、ご主人と一緒に終始目を輝かせながらタブレットを見つめており、病気を感じさせないほど屈託の笑顔で昔話に花を咲かせていた。

そしてご主人が語った「間違いなく人が変わってきている。昔を思い出すことは大切なのだと感じた」という言葉からも分かる通り、本人だけではなく家族にとっても効果が期待できそうだ。

認知症問題介護士のリソースが減少している今、最新テクノロジーの力を利用し、家庭でも日頃から気軽に取り入れることのできるケアサービスが、今後の日本にとっても重要なソリューションとなってくるのではないだろうか。

【2】株式会社シアン「空力車(バーチャルツアー)でつながって市川の健康寿命をのばそう!プロジェクト」

本実証実験は、身体的または心理的に障がいを持ち、外出が困難な方に、VRを用いたバーチャルツアー(空力車)を体感してもらうというものである。

VRを通して、まるで旅行に来ているようなリアルな世界観を体感してもらい、市川市の人と人、あるいは人と場所をつなげ、QOL向上や健康寿命の延伸を図るというものだ。

実験は市川市の文化会館で行われ、移動が困難な方や健常者を含め、50代〜80代の男女9家族が体験した。QOLの変化を可視化するため、マークシート式のPOMSと呼ばれる気分を評価する診断テストも取り入れられた。

今回、撮影場所に選ばれたのは葛飾八幡宮だ。映像をオンライン上でライブ配信することで、参加者はリアルタイムで体感することができた。今回はあいにく天気に恵まれなかったが、普段はドローンでの撮影も行われている。

こうしたVRやドローンという最先端技術を積極的に取り入れることで、普段行けないような景色を体感することができ、QOLを高めることができる。

また、このようなメンタルヘルスケアマネージメントに取り組むことで、健康維持や向上に対する意欲が高まり、身体的な健康寿命の延伸にも期待ができそうだ。

【3】ハイラブル株式会社「会話の定量的な分析による異文化コミュニケーションを促す 環境の形成」

この実証実験は、会話を見える化する技術を用いて、学校の子供同士の話し合いの定量化を図ることを目的に行われている。

実験に使われているのは、ハイラブル社が開発した「Hylable Discussion」というサービスだ。本サービスは音環境分析技術と議論分析技術によって、複数人の会話を聞き取り、いつ誰がどの程度話したのかを分析し、クラウド上で自動的にデータ化するというものである。

例えば、数十人もの子供が集まると、だいぶ騒がしくなり、担任教師がすべてを聞き取り、状況を把握することは難しい。とはいえ、従来の音声認識技術の場合、クリアな音声で正しい日本語を使わないと認識されないという弱点がある。

ところが、実際の会話では、雑音や崩れた言葉を使うことも多く、すべての子供が完璧な日本語を話せるわけではない。

しかし、本サービスであれば、複数の子供が話している環境でも、会話の内容や、子供たちの性格、組み合わせまで、すべての会話を見える化することができるのだ。

本実証実験では小学校で2度ほど行われたが、人見知りの子供が最も口数が増える組み合わせや、コミュニケーションが円滑に進むメンバー構成などを把握することにつながった。

また、自分を客観視することができるため、ミーティングの改善やプロジェクトチームの編成など、ビジネスの場でも、今後様々なシナジー効果をもたらしそうである。

【4】株式会社ジャパンヘルスケア「歩行可視化システムで自然と健康になる街づくり」

日本初の教育現場での医師によって行われた、本実証実験

「MIRROR WALK(ミラーウォーク)」と呼ばれる歩行可視化システムを取り入れることで、歩き方を改善し、要介護の最大要因である筋骨格系疾患の予防や、市川市民の健康寿命の延伸、医療費の削減などを目的としている。

本システムは、学校の登下校で必ず通る校舎内の玄関の廊下に3Dセンサーを常設し、敷いたマットの上を数歩歩くことで、ディスプレイ上に自分の歩き方やシルエットが表示されるというもの。

また、AIがその画像データから、足の運び方や姿勢、腕の振り方までを分析し、「Good」「Excellent」などのフィードバックや、スコアを表示してくれるため、ゲーム感覚で楽しく綺麗な歩き方を身に付けることができる。

本実証実験でまず分かったのは、中学1年生の時点でもう歩き方が悪くなってしまっている生徒が多いということだった。

しかし、実験後に「今回の施策で歩き方は健康に大事だと理解した」「今後、歩き方をキレイにしていきたい」と答えた生徒は85%にのぼり、確実に生徒の意識改革につながる一歩となった。

人生100年時代に突入した今だからこそ、環境を整えて予防する「0次予防」を若い内から習慣付けておくことが、将来の健康にもつながるのではないだろうか。

【5】株式会社Rockin’ Pool「高齢者、障がい者向けプールVRゲーム」

今回のテーマは「プールVRゲーム」と呼ばれるサービスを用いることで、関節や筋肉などを痛めている方、体の不自由な障がい者や高齢者に、水中特有の浮遊感の中で、楽しく運動を続けてもらうことを目的としている。

本実験は、深さ1.2mの市民プールを貸し切って行われた。参加したのは、関節に疾患や痛みを抱えている方から健康な方まで、42歳から57歳までの非常に幅広いメンツである。

参加者はプールに入りながら頭にVRのゴーグルをかぶり、手にセンサー付きのコントローラーを装着する。すると、シューティングゲームの映像が流れる。

ゲームの内容は、画面上に飛んでくるオブジェクトを、タイミングを合わせて腕を動かして弾けさせるというものだ。

実験では、全く同じ条件でVRなしでの検証も行い、体や心への変化についてのアンケートを集計した。すると、VRありの方が「楽しかった」「またやりたい」などの回答が得られ、100%の支持を得ることができたのだ。

この結果から見ても、運動へのモチベーションへの維持への寄与が大きく期待できる。このようにゲーム感覚で楽しく運動することのできるサービスが、今後、市民の健康寿命の延伸に大きく貢献するかもしれない。

【6】株式会社ヘルスケアウェルス「ヘルスケアファイナンシャルアプリ活用による市川市民における健康習慣変容の効果測定」

本実証実験では、ヘルスケファイナンシャルプランニングの提供により、市民に健康習慣の改善の必要性を認識させると共に、意識向上、行動変容を促すことを目的としている。

従来のヘルスケアマネージメントと異なるのは、健康面だけではなく、資産面からもアプローチをしているということだ。

使用するアプリには、身体データや生活習慣チェックなどの機能から、医療費トレンドを算出する機能、レシートを撮影してデータに落とし込むことができる機能まである。

他にも、健診前には通知が来たり、医療控除制度での申請補助資料としても用いることができるなど、市民にとってアプリの活用を身近に感じてもらうことで、健康意識の向上と生活習慣改善の継続を促進している。

セミナーでは、「糖尿病になるとこれだけお金がかかります」「病院にかからないとこれだけお金が貯まります」など、市民にとって身近な話題を用いつつ、時折法律の話を交えることで、分かりやすく、かつ説得力のある説明に努めている。

実際に、実証実験に参加者からは、セミナー後、多くの質問が寄せられたようだ。市民の健康意識をより高めるためには、このように市民にとって関心のある分野と健康を絡めることが、今後必要となってくるであろう。

【7】株式会社魔法アプリ「VRを用いた不安症に対する曝露(ばくろ)療法」

曝露療法とは、不安や恐怖心を克服させるために、その根源となっている物や場所、状況に対して、直面させ、徐々に慣れさせるという心理療法だ。

従来の曝露療法は主にカウンセリングルームで行われているのだが、VRを用いることによって、場所や状況を問わずに苦手な乗り物に乗ったり、苦手な所に行ったりといった体験ができる。

市川市は、実際に不安症になった際の受診率の分析を行うため、1,320人のデータを集めた。 すると、不安症への知識がある人とない人で見事に差が現れ、何らかの啓発さえあれば、受診率が上がるという結果が出たのである。

今回分かっただけでも、不安症への知識だけではなく、治療方法や、公的な支援制度などへの理解を高めることで、13.22%から32.82%まで受診率が上がるという。

これは市民のメンタルヘルスケアの改善につながるだけではなく、市川市の予算を大幅に削ることにも大いに期待できる。

【8】株式会社JAPAN MOSS FACTORY「植物系の新素材を使用した、工場排水の重金属浄化・貴金属回収実証実験」

本実験は、水資源、有用金属資源、有害物質が混ざり合っている工場排水を、植物系のし素材で3つに分離するという新たな手法で、長期的な水環境保全のシステムを目指している。

その植物系新素材というのは、なんと「コケ」である。我々にとっても身近のようで、一見見過ごしてしまいがちな素材であるが、そのコケがなぜ水環境保全に役立つのだろうか。

実は、排水を使用してモニタリングをした結果、コケには鉛や貴金属への吸着性能があるということが明らかになった。

今回の実証実験では、市川市が用意した数種類の工場排水のサンプルを用いて、実証と分析を行った。結果は3月中に出る予定だが、今後は化学評価だけではなく、生物評価の観点からもリサーチしていくつもりだ。

長期的なヴィジョンで見れば、地域の水の中に暮らす生物が、より綺麗な環境で育つことによって、住民にとっての生活環境や食生活にも好影響をもたらすだろう。

また、こうした技術が市川市から実証されることで、市川市の発展にも帰結されることが予想されるため、今後の検証に引き続き期待したい。

【9】クリオール「連続稼働型浄化システムの実証実験」

本実験は、循環型浄化システムの連続稼働によって、市川市内の小規模な池の水質浄化を行うというもの。

従来の水質浄化システムと異なるのは、連続稼働式だということだ。これによって、より早く効果的に水質を浄化することができる。

本プロジェクトのチームは、水泡の一方を長いホースで代用することで、省スペースや浄化効果の向上を図っており、このような改良の甲斐あって、従来の方法だと通常数週間から数ヶ月かかるところを、なんと5日程度で浄化することを可能にした。

1回目の実証実験は、市川市の終末処理場で行われたのだが、同チームが現場で実験を行うのは、初めてということもあり、メンバーは一体どのような結果が出るのか期待に胸を膨らませていたようだ。

実験当日は台風後の影響を受け、当初設定していた温度の2分の1の水温しかない中で行われた。そのため、水温の調整などに奮闘しながらの実証実験となったのだが、にも関わらず、結果はCOD(化学的酸素要求量)の数値が9.4から2.1まで下げることに成功。

これまで通常5日間かかっていたものが、3日間にまで短縮をするという、非常に良い結果を残すことができた。

水は私たちの生活において欠かせない問題であり、こういった浄化システムが普及することによって、より安心で安全な地域社会をもたらすことができるのではないだろうか。

【10】株式会社BugMo「コオロギ粉末の経口摂取による腸内環境改善の実証実験」

「コオロギ」といえば、一体何を想像するだろうか。虫が苦手な方には、食べることはおろか、見ることさえ不快感を覚えるという人も多いであろう。

しかし、今回の実証実験は、そんなコオロギの一般的なイメージを覆すものである。

本実証実験は、粉末状にしたコオロギを混ぜ込んだクッキーを用いた、食品臨床実験で、コオロギによる腸内環境の改善効果(感染防御作用、抗腫瘍作用、免疫調節作用、アレルギー症状の改善など)を実証することを目的としている。

コオロギを選んだのには、理由がある。きっかけは同プロジェクトのメンバーが、以前ウガンダに滞在し、インターンで食育を教えていたことにあった。

栄養価が高く、その地域で調達できる食材を探していたところ、昆虫食を思いつき、味に問題がなく栄養がある昆虫を探究した結果、コオロギにたどり着いたという。

コオロギは栄養価に優れた食べ物で、副作用もなく、タンパク質やオメガ3などが豊富に含まれている。これだけ聞くと、他の健康食品にもありそうであるが、コオロギの良いところは腸内環境の改善にとても効果的なのだそうだ。

海外では実際にコオロギによる腸内環境改善が実証されているものの、国内ではまだそのようなデータが出ていない。そのため、一般的なコオロギのイメージを一新し、効能を認知してもらうべく、今回の実証実験に参加したという。

新しい食品、ましてや昆虫ともなれば、理解を持たせることは容易ではないが、こうした昆虫食が普及すれば、途上国でも、他国の支援に頼らず地産地消を行うことができ、栄養不足やフードロス、エコ問題などの解決にもつながる。

SDGsの観点でも、コオロギを始め、こういった昆虫食のイメージを払拭することが、様々な地球環境問題へのソリューションとなるかもしれない。

【11】株式会社Liberaware「産業用小型ドローンを活用したエレベーター点検の実証実験」

本実証実験は、自社開発の産業用小型ドローンを用いて、あらゆる場所の点検を行うというものである。使用しているドローン「IBIS」は、産業用では世界最小小型サイズで、撮影データはクラウドスペースにアップロードされるように設定されている。

同ドローンは、2月頭に東京ビックサイトで行われた「スマート工場EXPO」でも披露されたのだが、人間が通れないような狭いスペースでも、正確に点検を行っていた。

何よりも、空気が薄い場所や、毒性を持つ場所でも、人間が危険を侵すことなく、より安心安全に点検をすることができるのは、一番の需要ではないだろうか。

また、現在では、労働人口の減少などにより、作業員の数も減ってきている現状がある。そのため、このような最先端のテクノロジーの力を借りることによって、効率化を図り、人手不足の問題にも効果がありそうだ。

これからもさらなるドローンの可能性と展開に期待が膨らむ。

【12】株式会社イヴケア「毛髪から見つめるメンタルヘルスケアプロジェクト」

本実験は、中長期的なストレス評価を行い、精神疾患に対する未病段階でのケア効果を検証することを目的としている。本メンタルヘルスケアプロジェクトで用いるのは、なんと我々にとっても身近な「毛髪」である。

実は、毛髪の中にはストレス関連ホルモンを始めとする様々な情報が含まれており、伸びた分だけ毛髪の中に蓄積をされているという。そのため、ホルモンの濃度を測定することにより、ストレスのレベルを過去のデータを含め、長期的な状態を分析することができるのだ。

この技術は、海外ではここ数年注目されているものの、日本ではあまり普及されていない。髪の毛のホルモンを分析する研究をしている研究者も、国内ではまだ数人しかいないということだ。

メンタルヘルスケアを行う上で、現在の状態だけを見るのではなく、過去にさかのぼって状態の変化を見ることができるのは、とても大きな利点である。

社会の中にはあらゆるストレスが蔓延しており、中にはそのストレスに上手く対処できずに、悩んでいる人も多い。

しかし、このようにストレスを評価し、可視化することによって、社会と市民、あるいは企業と従業員間の関係性をより良いものへと改善する、良いソリューションになるのではないだろうか。

また、ストレスが見える化されることによって、今まで気づいていなかった人も自分のストレスに気づくことができ、意識の向上やメンタルヘルスの悪化を事前に防ぐことにもつながる。

こうした取り組みによって、ストレスフリーな地域社会をもたらすことに、引き続き期待していきたい。

様々な社会問題の解決に立ち向かう市川市

都市の社会課題の解決のために、市民の皆さんと、専門性の高い民間パートナーの方々と、行政が一体となり、先進的な取り組みを行っていくICHIKAWA COMPANY。

ICHIKAWA COMPANY公式noteに掲載されているマガジン『社会実証実験レポート/ICHIKAWA COMPANY』では実証実験の様子をレポートしている。

より健やかでストレスフリーな地域社会づくりを進めるには、市民、企業、行政が一丸となって施策に取り組むことが大事であると、改めて認識をさせられた。

様々な立場の人間が関わり合い、互いに耳を傾け合い、意見を交わし合うことによって、あらゆる視点から、新たなソリューションをもたらすことができる。

地域社会に貢献するために、様々な可能性を模索し続けるICHIKAWA COMPANYの姿に、明るい未来の社会像を垣間見ることができた。