SDGs目標6:「安全な水とトイレをみんなに」、世界の現状

持続可能な開発目標(SDGs)で定められた17の目標。その6番目は「安全な水とトイレをみんなに」。

日本ではきれいな水やトイレの利用で不自由することはほとんどない。しかし世界中を見渡すと、このような環境が整っている国は少数派である。

世界保健機関(WHO)によると、世界77億人のうち、下水につながったトイレを利用している割合は31%のみ。多くの人々は簡易トイレを利用している状況という。また、トイレにアクセスできない人々は世界中に20億もいると推計している。

下水処理されないトイレや野外排泄は、衛生・環境・健康面でさまざまな問題を引き起こす。水質汚染や悪臭にとどまらず、コレラ、A型肝炎、ポリオの蔓延につながるリスクがある。また不衛生な環境では寄生虫が増殖しやすく、下痢によって命を落としてしまうケースも後をたたない。下痢によって死亡する人は年間40万人以上ともいわれている。

トイレ不足は教育にも負の影響を与えている。ユニセフによると、世界中の学校のうち、適切なトイレを備えていない学校は30%以上もある。またトイレ設備をまったく備えていないという学校は23%も存在するという。ユニセフは、トイレがないことで女子生徒が生理になったとき学校を休まざるを得ない状況に置かれ、学習進捗が遅れる問題を指摘している。

トイレがないことで起こる問題に加え、既存のトイレは水を使いすぎるということも問題になり始めている。これは特に南アフリカなど水不足が深刻化している国や地域で顕在化している問題だ。2018年初め、水不足問題がピークに達した南アフリカでは「waterless toilet(水を使わないトイレ)」というキーワードの検索数が急上昇したといわれている。

SDGs6番目の目標「安全な水とトイレをみんなに」を達成するには、こうした問題を解決しなくてはならない状況にあるのだ。

ビル・ゲイツ氏も高い関心、インドの国をあげたトイレ設置プロジェクト

トイレ不足という問題に限っていえば、トイレと下水処理システムをできるだけ多く導入することで問題は緩和できる。しかし、水不足という制約が強まっていることを考慮すると、既存のトレイをできるだけ多く導入するというアプローチは機能しない可能性がある。

できるだけ水を使わない、またはまったく別のアプローチを考える必要があるのだ。

この点で、いまインドではリバース・イノベーションによって「未来のトイレ」が登場し、トイレ問題や持続可能性問題に直面する新興国などから大きな関心が寄せられるようになっている。

リバース・イノベーションとは、新興国特有の環境下で生まれたイノベーションのこと。水不足などインド特有の厳しい環境下でも使えるサスティナブルなトイレが登場しているのだ。

未来のトイレを紹介する前に、インドのトイレ事情について触れておきたい。

まず農村部においては、下水処理システムだけでなく、トイレそのものがない場合がある。こうした村々では野外排泄が行われている状況だ。一方、都市部では建物にトイレが備わっているものの、排泄物のほとんどは処理されず、そのまま河川や土壌に流出している。

WHOとユニセフによる2014年のレポートでは、インドでトイレにアクセスできない人は約6億3,800万人いたと推計。インドのコンサルティング会社Energy Alternatives Indiaによると、インド都市部では毎日12万トンの排泄物が生み出され、その60%ほどが河川・土壌に捨てられているという。

インド・ジョードプルの様子(2013年10月)

この状況を打開すべく2014年に始まったのが「Swachh Bharat Mission(Clean India Mission)」だ。トイレがない地域にトイレを備え、2019年までに野外排泄ゼロを目指す国家プロジェクト。マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏が資金的な支援をするなど、注目度の高いプロジェクトとなった。

世界経済フォーラムは、インドにおけるトイレにアクセスできる人口割合は2015年43%にとどまるものだったが、2019年までに約9,000万件のトイレ設置が完了、その割合は90%に達したと伝えている。

インドで設置が進む公衆トイレ(2019年7月)

このペースでトイレ設置が進むと野外排泄をゼロにするという目標は達成できそうではあるが、新たな問題が浮上。

インド北東部アッサム州など洪水が起こりやすい地域や干ばつが起こりやすい地域では、同プロジェクトで設置されたトイレで水が流せないため機能不全になっていることが判明。トイレは使われず、その地域の人々は再び野外排泄をせざるを得ない状況になってしまっているという。

水を使わない「未来のトイレ」、インド発のリバース・イノベーション

こうした状況下、期待を集めているのが水を使わない「未来のトイレ」だ。

インド工科大学デリー校でインキュベートされたスタートアップEkam Eco Solutionsが開発したのは、水をまったく使わない小便用トイレ「Zerodor」。

下水システムへの接続や電気を必要とせずスタンドアロンで機能するトイレだ。尿の臭いを抑える独自技術を使い、水をまったく使用しない仕組みを作り上げた。尿はタンクに貯められ、必要に応じて肥料として利用できる。

水を使わないトイレを開発したEkamのウェブサイト

通常の水洗トイレで尿を流すのに使われる水の量は1回で数リットルにおよぶ。水不足が深刻化する地域では無視できない問題であるのは言うまでもないだろう。

同社のヴィジャヤラガヴァン・チャリアー会長はAsian Scienceのインタビューで、人の尿にはリン、窒素、カリウムという植物の成長に必要な栄養素が含まれているが、水洗トイレで流されると、これらの栄養素は失われてしまうと説明。尿から生成される栄養素は1人あたり年間4〜5キログラムになり、Zerodorを使えば有効活用できると述べている。

同社はこのほか、糞尿管理や廃棄食糧の堆肥化におけるテクノロジーを開発。同社テクノロジーの導入件数はこれまでに1万件以上、クライアント数は500社以上、節水量は10億リットルに達している。

同社テクノロジーの導入企業には、コカ・コーラ、DHL、スタンダード・チャータードなどのグローバル企業から、タタ・グループやマルチ・スズキなどのインド大手が含まれる。

このほかインドでは、地元バスルームブランドのHindwareが水利用を抑えたトイレを開発しているほか、Eram Scientificが全自動公衆トイレ「eToilet」を開発するなどトイレの「リバース・イノベーション」が盛り上がりを見せている。

衛生・環境・健康問題、さらには水不足に悩む新興国は数多くある。インド発のトイレ・ソリューションが国内を超え、世界中どこまで広がりを見せるのか、今後の展開に期待を寄せたいところだ。

[文] 細谷元(Livit