このところ、プレーヤーの動きと連動するeスポーツや、自宅で気軽にエクササイズに取り組めるフィットネスゲームの認知拡大と普及によって、かつての「ゲーム=不健康」というイメージが変わりつつある。さらに、今年に入ってから、米食品医薬品局(FDA)によって、ビデオゲームがメンタルヘルス領域の治療として承認されたことで、「ゲーム=治療」という、これまでのイメージとは真逆ともいえるゲームの役割が現実的なものとなってきた。

ビデオゲームとして、初めて米国で治療としての承認を受けることとなったのは、ボストンに拠点を置く企業Akiliが開発した、iPhoneとiPad向けゲーム「EndeavorRX」だ。障害物を避けていく、一見よくあるアクションゲームなのだが、8~12歳の子供のADHD(注意欠陥多動性障害)の症状を改善するための工夫が散りばめられた「治療法」として開発されたゲームとなっている。この承認を受け、米国の病院では、医師の判断に基づき、ADHDの子供たちにゲームプレイが処方されるようになる。

今回FDAが「EndeavorRX」を承認したことで、今後もヘルスケアを目的としたビデオゲームが増えてくることが予想されている。

米FDAが承認した初のビデオゲーム「EndeavorRX」 

米FDAが承認した初のビデオゲーム(DT Gaming公式チャンネルより)

発達障害の一種であるADHDは、近年、書籍やメディアで広く取り上げられるようになっているため、多くの人が一度は聞いたことがあるのではないだろうか。日本では約5%の子供が診断を受けるというADHDは、年齢に不相応な不注意や落ちつきのなさ、衝動性によって、座っていられない、順番を待てない、授業に集中できない、忘れ物が多い、片付けられないといった、生活や学業への継続的な悪影響が生じている状態と定義される。

このような状態によって生じる、勉強についていけない、他の子供とトラブルになってしまうといった日常生活上の精神的ストレスにより、攻撃的、あるいは抑うつ傾向になることもあり、ADHDの子供たちにとって、早い段階で専門家の指示に基づいた適切な介入を受けることが重要視されている。

ADHDの原因はまだ明確には判明していないのだが、現状で一般的な介入は、環境の調整、両親へのアドバイス、ソーシャルスキルトレーニングといった心理社会的治療に、薬物治療を組み合わられることが多い。そこに新たな治療の選択肢として加わったのが、FDAが承認した初の処方薬ならぬ処方ビデオゲーム「EndeavorRX」だ。

このゲームは、プレイヤーが、ホバークラフトを操縦し、アイテムを収集しながら、炎や水中地雷のような危険を避けていくことで、複数のタスクに同時に注意を払う機能や、集中力を保つ機能に働きかけるつくりになっている。集中すべき対象を意図的に切り替える、選別する、無関係な情報を遮断するといった、ADHDを持つ人たちが困難を抱えることをゲームを通じてトレーニングできるようになっているのだ。

FDAは審査の過程で600人以上の子供を含む複数の臨床研究からのデータを確認、1カ月の使用後、研究に参加した子供の3分の1が集中力に改善を示したとしている。また、約半数の保護者が、子供の状態に変化が日々認められたと回答しており、この結果は2カ月目には68%にまで増加したという。

非薬物治療に新たな選択肢を提供するデジタル技術 

ビデオゲームとしては、初のFDA承認の治療法となった「EndeavorRX」だが、これまでも医療分野でデジタル技術の活用は幅広く進められてきた。

その代表的なものはヴァーチャル・リアリティ(VR)だ。現場で失敗から学ぶということを基本的に避けなければいけない医療従事者のトレーニングにおいて、VRの導入は一般的になりつつある。たとえば、米国のOsso VR社は一流医学部と連携のもと、外科医向けのVRトレーニングツールを提供している。

VRを活用した治療ではスイスのMindmaze社が、すでに脳卒中患者の神経リハビリテーションに用いるゲーム感覚のVR「MindMotion」にFDAの承認を得ている。脳卒中患者の多くは麻痺などの後遺症により歩行や着衣といった動作に困難をきたす。これまでは専門家の指導のもと、実際に動作を行う介入が一般的であったが、MindMotionはVR によるトレーニングによって運動機能の再構築を目指している。

すでに数カ国で使用されているMindMotionは、数分で簡単にセットアップが完了し、パフォーマンスの追跡も可能となっており、長期にわたることの多い脳卒中リハビリテーションの継続と、その効果の客観的な把握を助ける。

リハビリテーションに活用されるVR技術(MINDMAZE公式チャンネルより)

このようなデジタル技術を活用した治療は大きなポテンシャルを秘めているが、その展開を阻んできた大きな壁が、医療分野とデジタル分野のスピード感の差異だった。

新しい治療法の承認には、その効果やリスクの検証に長い時間がかかる。まどろっこしいようでも安全性や治療の効果を科学的に検証するためにはこのプロセスをスキップすることはできない。一方で、ゲームやVRなどのデジタル技術は日進月歩だ。大規模な臨床研究に時間をかけている間にその治療に用いられたデジタル技術が時代遅れのものとなってしまう可能性は否定できない。また、ソフトウェアは通常、随時更新が行われることから、ある時点のバージョンの製品に限定した検証は現実的でない。

アメリカのケースで興味深いのは、このような課題に対し、2017年に「デジタルヘルスソフトウェア事前認証プログラム」を立ち上げた点だ。このプログラムは、「製品」ではなく「企業」が審査される。企業のソフトウェア設計・メンテナンス能力や透明性、サイバーセキュリティーなどを対象としたこの審査を通れば、その後開発したプロダクトをFDAに申請する際、簡素化されたより効率的な審査を受けられる。また承認後は、グラフィックなどの機能の更新を随時行うこともできる。

投薬の代替、あるいは併用しての活用が期待されるデジタル技術(PIXABAYより)

薬物治療より、副作用のリスクが比較的低く、治療費用も抑えられることが多いデジタル技術を駆使したゲーム感覚のヘルスケア製品は、治療以外にも生活習慣病患者への栄養指導や小児がん患者の自己効力感に働きかけるものなど、幅広い目的で用いられるようになった。

少し前までは、投資家やメディアへの印象が悪くなることを恐れ、企業側もヘルスケア領域では「ゲーム」という言葉を避けることもあったというが、現在そのようなネガティブなイメージは変化の時をむかえているといえる。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit