新型コロナウイルスの感染拡大は、緊急事態宣言解除から数カ月経過した現在でも、私たちの生活に影響を与えている。

不要不急の外出を控える、オフィス出勤をせずにテレワークで日々の業務を進める、外食の代わりにテイクアウトやデリバリーサービスを利用するなど、私たちの行動や時間の使い方を大きく変えた。

そして、自分の体を守るために、人々の健康志向も以前よりも高まっている。

そんな中で注目を集めている食品がある。それは「プラントベース食品」である。肉など本来であれば動物性の食品を、大豆などのタンパク質を多く含む植物性のものを原料として、見た目・味を似せて作られた食品のことである。

プラントベース肉は、食肉代替品、アナログミート、フェイクミート、ミート・オルタナティブなどさまざまな名称で呼ばれている(本記事では「プラントベース肉」で統一する)。

プラントベース食品需要の増加

通常の肉製品よりもカロリーや脂質が低く、ヘルシーなプラントベース肉は、菜食主義者だけではなく、コロナを機に健康を気づかうようになった多くの人びとの間で人気が高まっている。また「動物の肉とコロナになにか関連性があるのでは?」という懸念が広がったことも、プラントベース肉が選ばれる理由である。

プラントベース肉は現在、特にアジアでの需要が高まっている。市場調査を行うEuromonitorは、コロナ感染拡大前にすでに、中国のプラントベース肉市場は、2018年時点で100億ドル(約1兆480億円)であったが、今後2023年には120億ドル(約1兆2,600億円)近くに達するだろうと予想していた。

中国は世界で最も肉・肉製品の摂取量が多い国であるため、新たなプラントベース肉マーケットとして注目されており、国内企業のみならず海外企業もその可能性に期待し、中国進出を始めている。

アメリカ、ロサンゼルスを拠点とする食品企業Beyond Meatは、自社のプラントベース肉を使用した商品「Beyond Burgers」を、今年7月より中国国内の大手スーパー「Hema」で販売開始することを発表した。

トレンドの中心はヘルシー志向の若年層

Wunderman Thompsonはアジア太平洋地域の10代、20代の若者4500人を対象にアンケート調査を行った。

彼らのうち56%が「肉製品の摂取を減らすようにしている」と回答し、70%が「食品の品質表示をよくチェックしている」、60%が「自然由来の食品しか摂取しないようにしている」という回答も得られた。

このように、プラントベース食品の人気を牽引しているのは健康への意識が高い若者たちである。さらに、コロナ禍で健康の大切さに気づき、健康状態の維持・向上のために今後もプラントベース食品に関心を示す層は、世代に関わらず増えると言われている。

これまでは、プラントベース肉の多くは菜食主義者(ベジタリアン、ビーガン)の人びとが食べるものであったが、そうでない人びとにも違和感なく食べてもらえるよう、大手食品企業が率先してプラントベース肉を使用したメニューの販売を始めている。

プラントベース牛肉を使用したラップサンド。中国のスターバックスの新商品
(引用元:https://intelligence.wundermanthompson.com/2020/07/asia-goes-plant-based/

中国国内のスターバックス店舗は今年4月より、前述のBeyond Meatが開発したプラントベースの牛肉を使ったパスタやラップサンドなどをメニューに加わえた。またドリンクメニューには、スウェーデンのビーガン食品ブランド「Oatly」のオーツミルク(麦ミルク)も加えた。

スターバックス同様、日本でも人気の高いKFC(ケンタッキーフライドチキン)も、プラントベース肉を使用したチキンナゲットの発売を中国で開始する。このナゲットは、大豆、小麦、エンドウから作られたフェイクの鶏肉を使用している。上海、広州、深圳といった流行が生まれる大都市から販売を始めるという。

新しいプラントベース食品を。アジア企業の挑戦

海外企業からの期待を受け、アジアでプラントベース肉の人気の高まりをリードしているのは中国である。

前出のユーロモニターによれば、中国の通常の肉・肉製品市場は2015年の1450億ドル(約15兆1,900億円)から、2019年には1,550億ドル(約15兆7,200億円)規模にまで成長した。

この数字はアメリカの約2倍である。その一方、プラントベース肉もその地位を確立しつつあり、2015年には71億ドル(約7,440億円)相当のプラントベース肉が中国で消費されていたが、2019年には96億ドル(1兆60億円)にまで消費が増えている。

アジア太平洋地域でも、その消費量は2015年の129億ドル(約1兆3,500億円)から、2019年の153億ドル(約1兆6,000億円)まで増加しており、中国を筆頭にアジア各国でのプラントベース肉需要の高まりは明らかである。

その高まる需要に対して、アジア圏内ではどのような動きがあるのだろうか?

2018年、中国の食品技術のパイオニアである「Bits x Bites」は、上海で中国初の「チャイナ・フード・テック・サミット」を開催した。同サミットにはあらゆる主義のベジタリアン・ビーガンの人びとやプラントベース肉の開発者が多く参加し、資本家たちに向けてのアピールの場となった。

サミットを機にコミュニティーは大きく成長し、今年6月にはプラントベース食品を奨励する国際的な非営利団体「The Good Food Institute」のアジア太平洋支部にその影響力を認められるまでになった。

香港を拠点に、アジアでBeyond Meat製品を供給するGreen Mondayはオンライン販売も行っている。コロナ禍でレストランが入店制限などを行っており、それにより自炊をする人が増えたことで同社のオンライン売上は今年の2月、3月で倍増したと創業者のデイビッド・ヤン氏は語っている。

豚挽肉の代替食品「オムニポーク」
(引用元:https://intelligence.wundermanthompson.com/2020/07/asia-goes-plant-based/)

特に人気が高い商品が「Omnipork」という豚肉の代替食品であり、世界初のアジア発祥の食肉代替品である。麺料理や米料理などに使える挽肉状の商品で、オムニポークを使用した団子も商品化されている。

また、オムニポークは日本でも販売されており、オンラインストアでの購入が可能だ。

中国以外の国での取り組みとしては、シンガポールの「Shiok Meats」がプラントベースのシーフードの開発研究を行っているという。シンガポール国内では、エビの大養殖場がマングローブ林の破壊と伝染病の原因となっていることが問題視されており、この研究でシーフードの代替食品を開発することができれば、問題の解決に大いに役立つだろうと期待されている。

アメリカの「Y combinator」はこの研究のために760万ドル(約7億9,600万円)の支援を行い、Shiok Meatsはシンガポール初の製造工場の建設を目指している。

日本企業の取り組み

引用元:「マルコメ」のホームページ

日本ではコロナ感染拡大初期に多くの人びとがスーパーマーケットに足を運び、長期保存できる食材を家庭にストックしていた。

普通の肉は足が速く長期保存には向かないが、12カ月間保存可能なプラントベース肉はコロナ禍の非常食にうってつけであり、感染初期当時からそれを強く訴えていたのが味噌を主に扱う食品メーカー「マルコメ」だった。

マルコメは「ダイズラボ」などの食肉代替品の売上を今年5月、96%も伸ばした。同社によれば、コロナの猛威が治まった後もプラントベース肉の需要は衰えていないという。はじめは健康維持のために摂取されていたプラントベース肉だったが、そのうち持続可能な社会のため環境へ配慮することに意識が向き、人気を維持しているようだ。

ハム・ソーセージを主に扱う大手「伊藤ハム」も今年「大豆ミート」のハンバーグやチキンナゲットの発売を開始した。同商品にはメンチカツや肉だんごもあり、現在販路を拡大しているという。

プラントベース肉製品は通常の肉製品と変わらない価格で売られており、見た目はまるで肉そのもの。最近は商品数も増え、決して特別な商品ではなくなってきている。

大豆特有の香りと味が残るため、そこが改善点であるとも言われているが、改良を重ねてより通常の肉に味が近づき、それでいて栄養価が高いものになるだろう。

将来は、フォアグラや魚の内臓なども含め、あらゆる動物由来のものが植物性の代替商品になっていくかもしれない。

また、食肉だけでなく、プラントベースの飲料も販売されている。麦を原料としたミルク「オートミルク」は、アジアに多くいるラクトース(乳糖)アレルギーの人びとが楽しめるミルクという画期的な商品として注目を集めつつあるようだ。

プラントベース食品を食べる一番の理由は自分の健康のためかもしれない。だが、動物性の食品がどのような経緯を経て食卓までたどり着くかを考えたときに、そう値段も味も変わらないのであれば、少しでもプラントベース食品を取り入れることで自分の健康面だけではなく、環境にも良い影響を与えられるのではないだろうか。 ※1ドル=約104.78円で計算

文:泉未来
企画・編集:岡徳之(Livit