「グローバルイノベーション指数」今年の結果

今年9月に発表されたグローバルイノベーション指数(GII)の本年度の結果はもうご覧になっただろうか。

世界知的所有権機構(WIPO)がコーネル大学(アメリカ)とINSEAD(フランス)との共同で2007年から毎年制作している同ランキングでは、スイスが10年連続でトップとなり、以下5位までは順にスウェーデン、アメリカ、イギリス、オランダと続いた。

例年に違わず131の対象国と地域の中で上位は欧米諸国が圧倒的多数だが、考察・分析においては近年飛躍的に順位を伸ばしているシンガポール(8位)、韓国(10位)、香港(11位)、中国(14位)などのアジア諸国が非常に注目を浴びている(日本は昨年から1ランクダウンの16位)。

今年のレポートのサブタイトルは「Who Will Finance Innovation?(イノベーションに投資するのは誰?)」。新型コロナウイルスのパンデミックによる経済の停滞を受けて、これからの世界でイノベーション活動を活性化するための知的所有権取引、フィンテックなど新しい資金調達の方法の重要性が強調されている。

日本は地域競争の活発さ、貿易における知的財産の受領高、特許出願件数などの項目で最高評価を得て、市場としての高度化やインフラ・施設などの分野でも比較的高くランク付けされた。一方、GDPに比した教育に対する公的投資の割合、新規事業率、ITサービス輸出、直接投資率などのスコアが低く、「人的資本・研究」「創造的アウトプット」のカテゴリーがウィークポイントとされた。

総合1位のスイスは同様に特許出願率や貿易における知的財産の受領高が最高ランクに評価されたほか、政治環境や行政の効率、知識および技術の創造/アウトプット、株式時価総額、エンターテイメント/メディア市場率などでも高評価を得て、「知識及び技術のアウトプット」「創造的アウトプット」「ビジネスの高度化」のカテゴリーで1位・2位となった。

連続1位のスイスでは2020年度版「デジタル・スイス戦略」が始動

さて本題だが、先述のように同指数で長らくトップに君臨するスイスでは、どのようなデジタル・トランスフォーメーションの取り組みが進められているのだろうか。

同国では、DXの取り組みの一環として、連邦評議会が「デジタル・スイス戦略」というイニシアチブを2年ごとにリニューアルして公開、国をあげて包括的なDXの取り組みを実施する意思を表明し続けている。

今年9月11日に採択され、10月に発表された最新プランでは、現行インフラの構造的な変革が掲げられており、例年に増して大規模な取り組みになることが想定されている。

注目は医療におけるデジタル利用とSDGs

まずは本年度版ならではの注目事項を見てみよう。

まず第一に医療利用における患者の電子データの管理充実。今年はパンデミック対策抜きにしてはいかなる政策も語れない。

同計画では医療現場の効率化・ケアの個別化の充実のために、患者記録のデジタル化と医療専門家のアクセスの充実、それを安全に行うための個人データ保護の強化を予定。サイバーセキュリティを強化し、インターネットに関連するあらゆるリスクからの保護を確保する計画の概要を示し、「人工知能の透明で責任ある使用」を保つための対策を推奨している。

また、デジタルトランスフォーメーションの主目的を「天然資源に乏しい我が国において、デジタル変革を全ての人々のウェルビーイングのために社会と経済に最大限活用すること」と定義し、同時にDXを国連が定める「持続可能な開発目標(SDGs)」実現のための重要な要素のひとつとしている。

具体的な貢献ポイントがアクションポイントごとに設定されており、例えば教育・科学の領域でのDXの貢献は、教育の機会の保証、ジェンダー平等と女性のエンパワーメント、持続可能な経済成長と雇用の推進、持続可能なインフラと産業の推進の4点が挙げられている。

プラン全体としての目的・アクションポイントなど概要

プラン全体を概観してみると、主目的でも触れられていた「全ての人々のウェルビーイングのため」というテーマが随所に垣間見える。

まずは基本方針として、1. 国民主導、2. 政府による技術革新サポート、3. 構造的変革の促進、4. 変革プロセスを相互に共有するネットワーキングの4点が挙げられている。

主目的は大きく5項目、1. すべての国民の社会参加と団結の強化、2.安全・信頼と透明性の保証、3. 国民のデジタル・エンパワーメントと自己決定の継続的サポート、4. 価値創造と経済的成長の保証、5. 環境フットプリントとエネルギー消費の削減。

最後にアクションポイントだが、1. 教育と科学、2. インフラ、3. セキュリティ、4. 環境保全・天然資源とエネルギー、5. 政治参加と電子政府、6. 経済、7. データ・デジタルコンテンツとAI、8. 社会問題・ヘルスケアと文化、9. 国際的取り組みの9領域で設定。政治・市民・科学・企業など社会を構成する全てのセクションが横断的に手を組む必要性が繰り返し強調されている。

アクションプランの中でも興味深いのは、デジタライゼーション教育における時代に最適なフレームワークの必要性、教育・研究・批判的分析機関として社会で大学の担う役割の重要性を強調した「教育と科学」分野。

他にも、コミュニケーションインフラのさらなる充実や、分散して複雑化した再生可能エネルギーの生産者と消費者のスマートなネットワーキングのためのシステムのデジタル化。在宅勤務の拡充を受けて注目を集めた、モビリティネットワーキングによる既存の交通・物流システムの活用などの推進を直近の課題とした「インフラ」分野などがある。

注力する行動目標

しかし、特に多くのページが割かれ、詳細に青写真が描かれているのは「政治参加と電子政府」「経済」「データ・デジタルコンテンツとAI」の項目。

具体例としてそれぞれ大きくまとめると、

「政治と行政サービスのデジタル化による、全ての国民とビジネスに効率的な業務手続きと平等な政治参加、透明性がありインタラクティブな政治と国民の関係性、中央政府と各レベルの自治体の効率的な連携の実現(政治参加と電子政府)」

「スイスがビジネスの拠点として魅力的であり続けるための良質な労働環境と新規ビジネスへの優遇、金融業界の競争力増進のためのイノベーティブで国際的なフィンテックネットワーク、サステイナブルな農業の実現のためのスマートアグリカルチャー技術、建設業界の生産性を高めるためのデジタル技術の活用、国際的デジタルマーケットの活用(経済)」

「これからのIT化社会でますます重要性が増すデータと知識の集約、全ての人からのアクセスの潤滑化、AIの最適な活用の機会の提供、グローバル企業のクラウドサービスへの依存を軽減するための国産クラウドの開発(データ・デジタルコンテンツとAI)」

などが行動目標として設定されている。

生活への影響(個人的な体験)

さて大枠な政治の話ばかりしてしまったので、彼らが取り組むDXが進むと日々の生活に直接どんな影響があるのか少し個人的な話を。

筆者は現在、冒頭で触れたグローバル・イノベーション指数が今年5位だったオランダに住んでいるが、生活のあらゆる部分がデジタル化されている点が非常に効率的と感じている。

電車や公共施設・イベントのチケットも、切手や郵便ラベルも、オンラインで支払いを済ませて家でプリントアウトできる。行政サービスには専用のアプリがあり、ほぼ全てスマホで済ませる。

ライフラインの使用量はスマートメーターで申告。パスポートを申請するには顔写真と身分証明書だけ持って市役所に行けば、必要なデータは彼らがデータベースから出して作ってくれる。運転免許証も同様にすべてオンラインで申し込めば後日自宅に郵送されてくる。

注目の医療データも、どこの医療機関で受診しても全て自分専属のホームドクターに共有されるので、患者としては手間がないし、医者は患者の全てのデータから総合的な診断ができる。継続利用している薬が切れたら受診せずにオンラインでワンクリックして薬局に受け取りに行くだけ。

オランダの市役所。総合受付カウンター、PCが1台ずつある個別相談カウンターがずらり、奥にプリンターが何台か、以上(筆者撮影)

典型的日本人の筆者は、郵便局や免許センターに行く用事はなかなか済ませられずにじりじりし、パスポートが切れれば区役所とパスポートセンターを梯子して一日を費やし、「最近どうですか」「同じです」「じゃあ同じ薬出しておきますね」という会話をするためだけに月に2回半日を病院の待合室でつぶすのが当然と思っていたので、最初こそ度肝を抜かれ、「これでいいのか?」と戸惑いもしたが、今はすっかり効率的なシステムに助けられている。

なによりも世界に類を見ない少子高齢化で今後あらゆる分野で人手不足が見込まれるわが国で、「人がやらなくてもいい」仕事はどんどんデジタル化してほしい。AIにできるデスクワークに人手を取られて、介護やメンタルケアや教育、親業のような「人でなければできない」仕事が多忙で手薄になっていては本末転倒だ。文化や慣習などハードルもあろうが、世界に誇るロボット大国日本の先端技術が、近々私たちの生活も隅々まで便利にしてくれることを願おう。ハンコも廃止になるようだし。

文:ウルセム幸子
企画・編集:岡徳之(Livit