ブラックボックス化が進む「商習慣」、建設業受発注の課題

日本産業の中で、製造業に次ぐ巨大市場を持つのが「建設業」だ。

その市場規模は60兆、80兆円とも言われ、友達や親族など「知り合いの知り合い」くらいまで辿れば、誰かしらは建設業界に関わりがあるという人がほとんどだろう。

そんな日本産業の大部分を占める建設業において、近年叫ばれ続けている課題が「人手不足」である。

もちろん、単純に少子高齢化も要因のひとつではあるが、実は、転職を希望する建設業従事者の約6割は、建設業界外への転職を希望している。(※参考:建設エンジニアの転職決定先(リクルートキャリア))僕からすれば、その理由は想像に難くない。

ひとつは、労働環境の悪さ。製造業などでもよく聞かれるように、建設業も労働集約型の「多重下請け構造」で成り立っている。エンドユーザーから直接注文を受ける、いわゆる「元請企業」は全体の1割ほど。図でいう上の階層から下の階層へと仕事が回っていくため、上が強くて下が弱いという構造になり、労働時間が長い、単価が安いなど働く環境が良くないのが現状だ。

2つ目は、賃金の問題。多重構造では多くのステークホルダーが介在しているため、中には悪徳なブローカーが存在することもある。多重であるが故に、知らずのうちに多くのマージンが発生、階層を重ねるごとに金額は減り、最終的に工事をする職人に払われる賃金が適正かと問われると疑問が残る。

すべてが「人」に紐づき、属人的に受発注がなされるこの商習慣は、内側にある商流や情報をブラックボックス化させ、70年以上もの間変わらずに現代まで続いてきた。

その結果、他の産業がどんどんITを導入し、データを蓄積、効率化していく一方で、建設業界では、発注側(元請け)は職人が見つからない、受注側(職人)は仕事がないと言う「情報の非対称性」が発生し、お互いの「空き状況」を知る術がないまま、労働環境の悪化、低賃金といった問題を引き起こしている。

エンジニアやユーチューバーなどのIT系が「なりたい職業」の上位に並ぶ現代では、この多重下請け構造が解消されない限り、若年層を取り込むのは難しいのが現実だ。

DXを産業構造の変革と位置付けるなら、今建設業は、間違いなく窮地に立たされている。

労働環境改善やITの活用が生産性を高める一手に

人手不足が深刻な問題とされる理由のひとつに、建設業界の「一人当たり労働生産性が低い」ことが挙げられる。労働集約型産業であることに加え、建設工事は職人個人のスキルへの依存度が高く、ほとんどの工事で業務の標準化・合理化が進んでいないためだ。

すなわち、転入者が少なく高齢化が進んでいる建設業の労働力を無駄にはできず、建設業のDXを推進させることは、これを向上させていくことにも繋がるはずなのだ。

そんな建設業界の中で、「業界の課題は自社の課題」と捉え、まずは、いち建設企業として、自分たちが変わることから始めるべきという考えのもと、「一人当たり生産性」を3年で約1.5倍まで向上させることに成功した企業もある。

なぜこのような結果を導くことができたのか。

まず、他の業界では当たり前ともいえるような労働環境の改善やITの活用といった基本改革。

夜間工事の中止や徹底した労務管理、より効率的な業務フローの再設計、電子契約サービスの導入による申請書類の削減など、工数の半分ほどを削減した。

しかし、中でも大きな成果をもたらしたのは、自社で開発・提供しているサービスの導入による、「手配・発注業務」にかかる時間の大幅削減である。

実は、自社工事事業部の労務データの調べによると、お客様から工事を受注し、完成させるまでの工事プロセスのうち、現場での作業にかかる時間は全体の4割ほどで、ほとんどの時間を職人・工事会社の手配・発注・調整業務に時間を費やしているということがわかった。つまり、ものづくりそのものにかかる時間ではなく、受発注作業にかなりの時間が取られているということが数字から見て取れたのだ。

カギは情報の可視化

そもそも、建設工事を始めるためには、職人の手配(工事の発注)が不可欠である。

おおまかに言うと、施主(エンドユーザー)→元請け(発注者)→工事会社(職人)という流れで注文がされるわけだが、施主からの希望(品質・納期・金額)を満たすためには、それに適した工事会社や職人の選定が必要だ。

しかし、お分かりの通り、職人にまつわる情報=「工事会社データ」は、可視化された状態ではどこにも存在しない。よって、この情報を徹底的に集め、条件にぴったりの職人を探せるようすればよいのだ。

冒頭で述べたように、これまでの受発注判断は属人的に行われてきたため、基本的に情報は各個人の頭の中にしかない。困ったときは、知り合いに頼んで紹介してもらうのだが、ここでの判断材料は「知り合いの紹介なら安心できる」という定性的な情報だけだ。

そもそも建設工事は「個人のスキルへの依存度が高いため、業務の標準化・合理化が難しい」のだから、いくら信頼のおける職人だとしても、求めるスキルセットがあるかどうかは別問題なのである。結果、知り合いから紹介を受けても、マッチする確率は1~2割程度ともいう。

また、腕のいい職人は囲い込みたいという心理が働くため、積極的に口外しない。職人からしてみればいい迷惑だが、実際には職人側も発注者の情報を自ら探す仕組みが存在しないため、既存のツテでくる仕事を無下にはできない。

つまり、改善ポイントはこの可視化されていない情報を蓄積し、ブラックボックスを破壊すること。

受発注判断の根底にあるのは、信頼だけではなく、条件に合ったスキルや経験。これが可視化されれば、職人は適正に評価され、元請け(発注者)と工事会社(職人)が効率よく繋がれる。例えば建設企業が登録するプラットフォームで発注先を探すことで、業務を大幅に効率化させることができるのだ。

もちろん、新しいことを導入することは一定の労力を要するが、プラットフォームは、より多くの人が使うことによりデータが蓄積され、マッチングロジックが構築されていく。従来の方法から脱却し、オンラインプラットフォームで受発注を行う方法が当たり前になれば、自ずと使い手のリテラシーも上がっていく。

ベテラン施工管理メンバーに言わせると、「新しいことを始めるときは、『先輩に無理やり強いられる』か、『必要に迫られる』か、このどちらかしかない」のが建設業。

後者の状況こそ、今だ。

職人技術を守り、彼らが幸せになる世界へ

建設業界の職人不足、これを止めるのはそう簡単ではない。しかし、情報の可視化がもたらす「工事受発注のDX」では、日本全国で発注者と受注者のマッチングが適正化されることで、「一人当たり生産性」を上げることはできる。

菅内閣がデジタル庁を新設し、日本も今後国をあげてDXを推し進めていくことが予想される。ベンチャー企業と大手企業の提携ニュースもよく目にするようになった。各社、アンテナを張ってなんとかしようという動きが感じられる。

大切なのは、「DXを推進すること」を目的にするのではなく、今までの当たり前に疑問を持ち、取捨選択をしながらより効率よく業務をしていくために必要な手段を考えた結果として、ITを導入するということだろう。

その障壁の多さからいままで幾度となく先延ばしにされてきた建設業のDX。新型コロナウイルス感染症による社会変化を追い風に、目に見える変化が起こり始めたのも事実だ。電話やFAXがあたり前、インターネットなんて口に出そうものなら、それだけで「わからん」と聞く耳をもたなかった建設業のおっちゃんたちが、商談や打ち合わせのために当たり前のようにWeb会議システムを使うようになっている。

この先、どうなるか一切わからない世界。ただ、変わらずにはいられないことはだけは確か。何も行動しなければ淘汰されていく未来が、すぐそばまで来ている。

文:田中英祐