映画やドラマシリーズのストリーミングプラットフォームとして知られる「ネットフリックス」が、音声メディアに本格参入するとの見通しが浮上している。

複数のメディアによれば、Androidの専用アプリで「音声のみモード」の試験運用を実施している模様で、これが実現すれば、ユーザーは映画やドラマを音声だけで楽しむことができるようになる。

ネットフリックスが音声メディアに本格参入すれば、現在急成長中の「ポッドキャスト」市場を大きく揺さぶる可能性がある。

ネットフリックスが「オンライン音声メディア」に本格参入か?(写真:Pinterest)

「音声のみモード」はデータ量も削減

ネットフリックス・アプリの音声バージョンは、モバイルソフトウエア開発者のコミュニティである「XDA デベロッパーズ」が発見した。アンドロイド用アプリのコード文字列をみると、「ビデオをオフにして音声のみを聞く機能」が明らかに示されているという。これにより、ネットフリックスで配信されている映画やドラマシリーズが、音だけで楽しめるようになる。

これまでもアップルの「iPhone」では、裏ワザを使って映画やドラマの映像をオフにして、音声のみを再生することができるらしいのだが、どのみち映像データは取り込まれるため、通常と同じデータ量が使用されてきた。しかし、今回の「音声のみモード」では、その問題を解決し、オーディオに必要なデータのみを使用するため、データやバッテリーをセーブできる可能性も高いという。同サービスが実現すれば、映画やドラマの「ながら消費」や、外出時の視聴がより気軽に楽しめるようになる。

ネットフリックス側はまだ新しい機能について発表していないが、すでにユーザーの間では新しいサービスへの期待感が高まっている。

機が熟した音声メディア

ネットフリックスが音声市場への関心を示すのは、今回が初めてではない。2017年にも「オーディオブック・モード」というのが試された。ネットフリックスでは「ハックデイズ」というイベントでクリエイティブな実験が奨励されており、この「オーディオブック・モード」もそこで一度立ち上がったが、実際に商品化はされなかったという経緯がある。

しかし、2017年当時と比べて、現在の音声メディア市場は一定の規模を獲得し、「聴くエンターテイメント」が消費者の生活の一部に定着してきている。特にスマホで楽しめる、インターネット経由の音声メディアが人気。これらの「オンライン音声メディア」には、ラジオ局がインターネットで配信している「インターネットラジオ」のほか、「ポッドキャスト」や音声配信、オーディオブックが含まれる。

「Edison Research」と「Trion Digital」による調査では、オンラインの音声メディアのリスナー数は過去9年の間に倍増した。(レポート「The Infinite Dual 2020」より)

調査会社の「Edison Research」と「Trion Digital」が12歳以上のアメリカ人約1,500人を対象に実施した調査(2020年1-2月)によると、毎月オンラインで音声メディアを消費する人の割合は全体の68%に上り、1億9,200万人に達したと推定される。2007年以降、リスナー数は右肩上がりで伸びており、2020年は2011年時点の2倍に拡大している。

また、米IABの調べによると、音声広告による広告収入は2016年に11億ドルだったのが、2018年にはその倍の22億ドルに達しており、2019年は前年比21%増の27億ドルに成長している。

今後も成長が期待されるポッドキャスト市場

オンライン音声メディアの中でも特に成長が著しく、注目されているのがポッドキャスト市場だ。ポッドキャスター兼ポッドキャスト・コンサルタント、ダニエルJ.ルイスさんによる「My Podcast Reviews」によると、大手ポッドキャスト・プラットフォーム「アップル・ポッドキャスト」に登録されている番組数は、2020年11月4日現在で約160万。エピソード数は4,000万以上にのぼる。4月時点では番組数が約100万、エピソード数が2,800万以上だったことを振り返ると、この半年間だけでもポッドキャスト制作数が急拡大していることがうかがえる。

毎月ポッドキャストを聞いているリスナー数は、2020年にアメリカで1億人を突破した。(レポート「The Infinite Dual 2020」より)

ポッドキャストのリスナー数も同時に増加しており、前述の「Edison Research」と「Trion Digital」の調査で、「ポッドキャストを聞いたことがある」と答えたアメリカ人(12歳以上)は2020年に55%に達し、2019年時点の51%を上回った。人口比で割り出したアメリカのリスナー数は、1億5,500万人。毎月ポッドキャストを聞いている人も2020年は1億人を突破し、全体に占める割合は2019年の32%から37%に拡大した。

一方、調査会社ニールセンによると、アメリカのポッドキャストリスナー数は2014年以来、年率平均で20%の伸びを示しており、同社は2023年のリスナー数が2014年時点の2倍に達するとの見通しを示している。

ポッドキャストからのテレビドラマ化

ポッドキャストの人気ジャンルは、ニュース、コメディ、社会・カルチャー、スポーツなど。従来から音声メディアの得意とするニュースやトークショーのほかに、場面を想像しながら楽しむストーリー性の高い犯罪ドキュメンタリーやフィクションなども「耳のエンターテイメント」としてすっかり定着してきた感がある。

ネットフリックスの人気ドラマシリーズ『ダーティ・ジョン―秘密と嘘―』は、ポッドキャストを元に製作された(オフィシャルトレイラーより)

ポッドキャストからテレビドラマ化されたものもあり、実話に基づいた犯罪サスペンス『ダーティ・ジョン―秘密と嘘―』はネットフリックスでも話題になった。また、ジュリア・ロバーツ主演でドラマ化された政治スリラーの『ホームカミング』もポッドキャストが元になっており、ネットフリックスでも大ヒットを記録した。ネットフリックスが逆に映像コンテンツを音声コンテンツとして配信しようと考えるのも、ごく自然な成り行きと言えよう。

「耳のメディア」の最大の利点は、「何かをしながら」消費できること。映像だと一定の時間スクリーンに張り付いている必要があるが、耳のメディアは家事やウォーキング、単純作業などをこなしながら気軽に情報収集やエンターテイメントを楽しめる点が魅力的だ。実際に「ネットフリックスのコンテンツを音声だけで聴取したい」という消費者の声がネット上で見受けられ、ネットフリックスの新たな動きは、こうした需要に対応するものともみられる。

リラックスタイムの争奪戦

消費者のリラックスタイムをいかに勝ち取れるか?ネットフリックスはほかのストリーミングサービスのほか、雑誌、ネット、ビデオゲームなどあらゆる余暇活動をライバル視している(写真:Pinterest)

ネットフリックスは、投資家に向けた長期展望書の中で、消費者の余暇の時間と費用をいかに獲得できるかが勝負だと述べている。それは、他のストリーミングサービスのみならず、ビデオゲーム、ウェブサイト、雑誌など、消費者のすべての余暇活動がライバルとなることを示している。

「私たちは、顧客の時間と、リラックスや刺激のために消費される支出のシェアを争っています。顧客の“真実の瞬間”をより多く獲得するように努めているのです。その瞬間は例えば、夜7時15分に友人や家族と一緒に体験を楽しみたい時間だったり、退屈な時間だったりします。その時間、顧客はネットフリックスやほかの多くのオプションから活動を選択できるのです」(ネットフリックスの共同CEO、Reed Hastings氏)。

新型コロナウイルスの影響で、「自宅でのエンターテイメント」を求める人が殺到する中、ネットフリックスの登録者数は今年第1〜2四半期に大幅に増加したが、第3四半期はアナリストらの予想を下回る結果となった。同社が音声メディアに本格参入すれば、それは新たな成長エンジンとなる可能性が高い。同時にそれは、ポッドキャストなどの音声メディアにとって、強力なライバルが加わることを意味する。

しかし、消費者にとっては新たなエンターテイメントの選択肢が加わるのは嬉しい。音で映画が楽しめる日は近いのかもしれない。

文:山本直子
企画・編集:岡徳之(Livit