アルペンルートを走る水素燃料電池鉄道

欧州オーストリアで、ある画期的な出来事があった。

水素と酸素を燃料として生み出された動力で動く鉄道車両の運行が開始されたのだ。実際に乗客を乗せての運行であり、OeBB(オーストリア連邦鉄道)によれば、9月11日から11月末までトライアルを行う予定だという。

今回、約3ヶ月間の試験走行に使われている鉄道車は、フランスの企業アルストム(Alstom)製の車両、コラディア・リント(Coradia LINT)である。酸素と水素を燃料として発電する水素燃料電池テクノロジーを利用した車両で、トップスピードは時速140キロメートル。低騒音で排出するものは蒸気と水のみである。

このコラーディア・リントは、オーストリアでの運行前に、すでに2年前に北ドイツで旅客を乗せての試験運行を行っており、さらに今年の初めにはオランダで10日間、65キロメートルのコースの試運転を行った後に、今回オーストリアでの運行が開始された。

首都ウィーンで9月上旬に行われたアルストムのローンチ・イベントでは、オーストリア・ドイツ部門のCEOイェルグ・ニクッタ氏が「鉄道の排出ゼロ・テクノロジーは、従来のディーゼル燃料車の代わりとなる。特に非電化の線路など、地球に優しい選択肢のひとつとなるだろう」と述べた。

電気で動く鉄道車両が存在するにも関わらず、いまだに多くの車両がディーゼルを燃料としているのが現状だ。世界中の政府機関が空気汚染の改善のために、今後は化石燃料に依存しないように努力を続けているにも関わらず、ディーゼル燃料の使用削減は目標値には全く到達していない。

水素燃料を使用したモビリティ技術は、現在はそこまで多くの割合を占めていないが、今後より多くの注目を集めて成長していくことが期待されている。その証拠に、大企業が水素燃料車両のマーケットに参入するプランを掲げており、日本のトヨタ、ホンダがその例である。

水素を燃料とした飛行機も登場

オーストリアの試験運行開始から数週間後の9月下旬には、イギリスでゼロアヴィア(Zeroavia)による水素燃料飛行機に旅客を乗せての初飛行が行われた。6人乗りの飛行機を使用し、滑走路の移動、離陸、飛行、着陸の全てを無事に成功させ、世界初の飛行となった。

実際は2016年にも「HY4」プロジェクトとして、4人乗りの水素燃料飛行機の初飛行がドイツで行われていた。ドイツ宇宙センターの研究者によって行われた実験だったが、このときはあくまで生産と研究目的であったため、商業化を本格的に視野に入れた飛行は今回が初ということになる。

ゼロアヴィアのCEOヴァル・ミフタコフ氏は「排出ゼロの飛行機に、お客さんが実際にお金を払って乗れる状態にもっていくまで、そう時間はかからないだろう」と語っている。

他産業でも高まる水素燃料への注目

この水素燃料電池テクノロジーはモビリティのみに利用されているのではない。

イギリスの大手建築企業は、建設現場でディーゼル燃料ではなく水素燃料発電機を使用することを発表した。また、建設機械製造企業JCB(JCバンフォード・エクスカペターズ)は、水素燃料の掘削機を新たに開発した。

他にも、多数の有名企業が水素燃料テクノロジーを利用したプランを進めている。

フランスのEngieはAriane Group(航空宇宙会社)との共同事業として、「再生可能液体水素」(renewable liquid hydrogen)の開発を行うと発表した。スペインの石油・ガス企業レプソル(Repsol)も、二酸化炭素と水素を使用して、排出が完全にゼロになる燃料の研究を行っているという。

モビリティの分野では、まずは鉄道・バスなどの地上交通での水素燃料テクノロジー普及が先となり、飛行機での使用が実際に広く普及されるまでにはまだ時間が必要だそうだ。だが、従来の飛行機が環境に与える悪影響の大きさを考えれば、これが実現した場合には大きな効果が期待できそうだ。

水素燃料は地球に優しい選択肢ではあるが、実用化が進み、実用性・品質・価格などを考慮した場合に、「家で使う電力を水素燃料発電にする」「自家用車を電気自動車に」など、そのような商品を躊躇なく選択できるような未来が来てほしいと思う。

文:泉未来
企画・編集:岡徳之(Livit

<参考資料>
https://www.cnbc.com/2020/09/14/in-austria-a-hydrogen-train-is-set-to-travel-on-challenging-routes-.html
https://www.cnbc.com/2020/09/25/hydrogen-powered-passenger-plane-completes-maiden-flight.html