アメリカ発「Clubhouse」が昨年から日本を席巻し、音声コミュニケーションが盛んな現在、北米ではすでにテキストに回帰する動きがみられる。

しかし、今回のトレンドは、「Twitter」や「Facebook」といった従来の大型SNSとは一線を画し、アルゴリズムに邪魔されることなくクリエーターとファンを直接メッセージやニュースレターで結びつけるもの。

「Subtext」「Community」「Substack」など、様々なサービスが生まれており、このパーソナルな繋がりがクリエイターとファンの新たな関係を構築している。

テキスト配信アプリ「Community」では、特別な電話番号を用いてセレブとフォロワーが直接メッセージを交換できる。有名ゲーマーNinjaも同アプリを使用(写真:Community動画より)

オバマ元大統領が電話番号を拡散

「773-365-9687にテキストを送ってください」

アメリカのオバマ元大統領は昨年、Twitterで自分の電話番号を公開し、フォロワーに対して「今年の投票をどう計画しているのか聞かせてほしい」とコメントした。

電話番号といっても、本当の電話番号ではない。「Community」というテキストアプリだけで使える番号だ。フォロワー(登録者)はこのアプリを使ってオバマ氏に直接メッセージを送ったり、彼からメッセージを受け取ったりすることができるのだ。

オバマ元大統領はTwitterで電話番号を公開し、フォロワーに「テキストを送って!」と呼びかけた(写真:Twitterより)

直接メッセージをやり取りする点は「WhatsApp」や「LINE」とも少し似ているが、WhatsAppなどでは、グループを作成して一斉にメッセージを送る際に人数に制限がある上、グループ内での会話はメンバー全員に共有されてしまう。オバマ氏のような有名人になると、そのフォロワー数は膨大で、メッセージのやり取りは混乱を極めることになるだろう。

この「Community」では、ホストが多くの登録者に対して一気にメッセージを送る一方で、登録者のメッセージはホストだけが見られる仕組みになっている。

そして、このサービスの最大のメリットは、「アルゴリズムを介さない」という点。ホストとフォロワーが直接結ばれており、ホストが発信した情報はアルゴリズムで取捨選択されることなく、すべてフォロワーに届くようになっている点が魅力的だ。

アーティストや政治家などを支える熱心なサポーターは、「Instagram」や「Twitter」をフォローするよりも確実に彼らの発する情報を得られることになる。ただ現在までのところ、同サービスはアメリカとカナダのみに限られている。

地元紙も読者とパーソナルなアプローチ

「Subtext」もホストとファンのパーソナルなコミュニケーションをサポート。メッセージの開封率は92%に上る(Subtext動画より)

2019年に創設された「Subtext」も同様のアプリで、ホストと複数の登録者のパーソナルなメッセージ交換を可能にするものだ。ホストのテキストは有料配信することも可能で、クリエイターや企業、政治家などがファンやサポーターとの親密なコミュニティを形成するのに役立っている。

アメリカの地域ニュースサイト「Cleaveland」は、月々3.99ドル(約420円)でSubtextを使った有料サービスを展開。人気コラムニストのメッセージを1日に数回、登録者に配信している。登録者はコラムニストにパーソナルな質問を送ることができ、それらの質問はポッドキャスト番組で回答されるという。

2020年当初の登録者数は約1,000人だったが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて無料にしたところ、登録者数は11万7,000人に跳ね上がったという。

Subtextによれば、配信したメッセージの開封率は92%と非常に高い。一方で、有料サービス登録者のキャンセル率は2%、無料サービスを含めたすべてのキャンセル率は1%にすぎないという。こうした数値から、パーソナルなコミュニケーションに対する双方の満足度の高さがうかがえる。

「個別の質問への対応は大変ではないか?」との疑問がわくが、これについてSubtextの創始者Mike Donoghue氏は「登録者すべてのレスポンスに応じる必要はありません。100回同じ質問を受けたら、『ワオ、○○についてたくさん質問を受けたよ。ここで答えさせてね』という共有メッセージを配信すればいいだけ」と説明している

同プラットフォームでは、登録者の反応を自動分類して、テンプレート機能を使ってワンクリックで同じタイプのレスポンスに対応することもできるという。

「ニュースレター」配信サービスも続々

テキストメッセージ以外では、「ニュースレター」のプラットフォームも盛況だ。こちらもファンとクリエイターが直接交流するコミュニティ形成の手段として注目されている。今年に入って「Twitter」がオランダ発のニュースレター配信サービス「Revue」を買収したことでもニュースレターへの関心は一段と高まった。

「Substack」によるニュースレター。書き手と読み手が直接つながるツールとして人気。

「Substack」は人気のニュースレター配信プラットフォームの1つ。ユーザーはウェブ上でブログの記事をアップするような要領で、登録してくれた「ファン」たちにメールを使ってニュースレターを配信できるシステムだ。

すでにブログや「Podcast」「Youtube」などでコンテンツを配信している人は、ニュースレターにこれらのコンテンツを埋め込んで掲載することができるほか、これらが一括掲載されたホームページも同時に作られる。メールマガジンの有料配信も可能で、その場合は売上高の10%を手数料としてSubstackに支払うことになる。

一方、「Wavium」はニュースレターとテキストの配信サービスで、「Substack」と「Community」の機能を両方兼ね備えている。

こちらはユーザーに1カ月5ドルのサブスクリプション代がかかるほか、1テキストの送信に5セントが課金される(北米の場合)。Substackと同様、Twitterやブログなどのコンテンツをニュースレター一括して掲載でき、有料配信も可能。ユーザーは売上高の20%をWaviumへの手数料として支払うことになっている。

「数で勝負」より信頼のコミュニティ

パーソナルで直接的なコミュニケーションを可能にするこれらのサービスがウケている背景には、アルゴリズムに支配され、フォロワー数やクリック数など「数で勝負」するSNSに対する消費者の疲れが現れている。

Substackの共同創始者Hamish Mckenzie氏は自らのニュースレターの中で、同社のサービスが「『自分を取り戻す穏やかな場所』の提供」であると述べており、派手なパフォーマンスで消費者のエンゲージメント数を稼ぐ「アテンション・エコノミー」とは一線を画すものであることを強調している。

一方、メッセージやニュースレターの有料配信では、ファンがクリエイターを直接サポートする新たな経済圏も生み出している。この経済圏の中で、クリエイターは広告やクリック数に支配されることなく、本当に自分がつくりたいものを提供することができるし、ファンも好きなクリエイターを直接応援することができる。

今年に入ってTwitterがニュースレター配信サービスのRevueを買収。今夏はFacebookもニュースレター事業に参入すると目されている(画像:Revueのホームページより)

Twitterがニュースレター事業を買収した今、「Facebook」も今夏には同事業に参入するとみられており、巷ではすでに「どうすればニュースレターで稼げるか」というティップスが溢れている。しかし、そういった小手先のスキルで稼ごうとするクリエイターのコンテンツは、早晩その浅薄さをファンに見破られるのではないだろうか。

メルボルン在住の編集者/デザイナーでニュースレター『Dense Discovery』を発行するKai Brach氏は、日本のニュースレター『Lobsterr』とのインタビューでこう語っている。

「ぼくは、ほとんどメールを開かないような10万人の購読者がいるよりも、熱心な1000人の読者がいるほうがいい」

アルゴリズムによって一見パーソナライズされたかのようなコンテンツから、消費者は「本物のパーソナル」を求め始めている。数よりも信頼関係を大切にするクリエイターにとっては、いい時代がやってきたといえるのではないだろうか。

文:山本直子
企画・編集:岡徳之(Livit