パンデミックに翻弄された2020年は、「多様性」への関心がかつてないほど高まった1年でもあった。黒人男性のジョージ・フロイドさん殺害事件から発した「ブラック・ライブズ・マター」運動は世界的な広がりを見せ、日本では東京オリンピック関係者による「女性差別発言」が世間を大きく賑わせた。

多様性がシームレスに叫ばれる今、エンタメ業界もその例外ではない。急激に加入者数を伸ばしている動画配信サービスのNetflixは、かねてより多様性を重視してきた企業の一つである。

同社は今年2月、マイノリティ支援に関わる団体や組織、被差別人種・性別に属する才能ある若手を支援するための基金「Netflix Fund for Creative Equity」を設立。今後5年間で1億米ドルを投資すると発表した。同基金は世界中のあらゆる人たちに映像業界への門戸を開き、育成することを目的としている。

「多様性」比較でハリウッドに圧勝

Netflixは同じく2月、南カリフォルニア大学アネンバーグ・インクージョン・イニシアティブと共同で、同社の配信するコンテンツ内容とその製作に携わるスタッフのダイバーシティ調査を実施した。

この調査は、2018年にリリースされた同社制作による長編フィクション映画126本とドラマシリーズ180本が対象(ノンフィクション、ドキュメンタリーを除く)。出演者と制作スタッフのいずれも高い確率で、女性が活躍していることが明らかとなった。

まず、映画とドラマ双方における女性の主演作品数は50%以上を占め、うち有色人種を主役にした作品数も映像業界をリード。さらに、女性の監督による作品は全体の23.1%と、ハリウッドの7.6%を大きく上回った。

脚本家とプロデューサーにおいてはそれぞれ25.2%と29%で、こちらもハリウッドの16.7%と19%と比較して高い数字をマーク。また、多様なバックグラウンドを持つ俳優を主役に起用しており、その割合は米国全体の人種構成に近いと発表している。

一方で、ラテン系やネイティブアメリカン、アラスカやハワイの先住民、LGBTQ、障害を持つ人々などのマイノリティを対象にした映画作品数はいまだ少なく、「多様性を反映するためには、さらなる努力が必要」と結論づけている。

加入者は2億人を突破、Netflixが選ばれる理由に多様性

コロナ禍による「巣ごもり需要」が追い風となり、2020年はNetflixにとって大躍進の年であった。

Business Insider Japanによると、2020年第4四半期の売上高は6億4400万米ドル、累計加入者数は世界全体で2億人を突破した。日本を含むアジア太平洋地域の増加率はこの1年で約6割、欧州も4割と目覚ましい。またロイターによると、アメリカでは動画配信サービス市場におけるシェアは73%を占め、2位のアマゾンを大きく引き離しているという。

1997年に創業し、DVDレンタルサービスから始めたNetflixは、後に動画配信サービスを展開。瞬く間に世界のトップ企業に躍り出た。4大テクノロジー企業「GAFA」にNetflixが加わった「FAANG(ファング)」は、世界ではGAFA以上に有名な呼称である。

数ある動画配信会社からNetflixが圧倒的に支持されている理由は、単にコンテンツの数や内容、料金だけには留まらない、抜本的な多様性を追求してきたからである。

「等身大でリアル」な人物が登場

インド出身の米国人女性で、Netflixのグローバルシリーズ部門のバイスプレジテントを務めるベラ・バジャリアは、「(インド出身の女性である)自分を正しく表現している映画を観たことがない」と述べている。

私たちも「こんな日本人いないよ」とツッコミたくなるような、外国人目線のステレオタイプで不自然な日本人役を映画で目にしたことはないだろうか?

Netflix作品の登場人物は「等身大でリアル」である。その理由の一つは、「当事者」たちが、それぞれの地域で作品を制作していることが挙げられる。Netflixは海外の優秀な制作パートナーと手を組み、実際にその国で映画・ドラマの制作をしている。そして出来上がった作品は30以上の言語に訳され、世界中に一斉配信される。

あらゆる地域・立場の人のための作品づくり

Netflixのテッド・サランドス共同CEOは「人が惹きつけられる作品とは、自分自身を投影でき、共感できるもの」と言っている。Netflixが多様性にこだわる理由はここにある。

あまりに自分とかけ離れた登場人物やストーリーに、人は感情移入できない。マイノリティを含む、あらゆる立場の人が共感できる作品を作ること。それが熱狂的なファンを生み出し、ひいてはユーザーの獲得につながると同社は考えている。

実際、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のスカラーサンド・ストーリーテラー・センターによる研究では「映画に真の多様性をもたらすことで、興行収入は向上する」という結果が出ている。逆に多様性を損なうことで、映画1本あたり1億3000万ドルの損失が出る可能性も示唆している。

これまでは「ニッチな」作品が海外に、しかもその国の言葉で上映・放映されることは稀であり、積極的に放映権を獲得する配給会社も少なかった。しかしそれは、あくまで制作者も視聴者も米国(と欧州)中心という大前提の元にあり、それ以外の地域は少数派としての位置づけであった。それをNetflixは「フラット」にして、あらゆる側面に革新的な多様化をもたらした。

野心的な作品が生まれ続ける背景

その結果、「意外な」ヒット作があちこちで生まれている。日本発のドラマシリーズ『今際の国のアリス』は世界的なヒットを呼び、すでに視聴回数1800万回を突破。韓国の『キングダム』はアジア圏を越え、ロシアやアメリカでも人気を博している。

Netflixは制作会社に対して独占契約を結ぶ反面、作品の収益に関係なく一定の制作費を支払っているという。興行収入に左右されないため、制作側は安心して「冒険」でき、それがイノベーティブな作品を生み出すという好循環にもつながっている。

オリジナルコンテンツにも力を入れている同社では、2021年だけで500本以上の制作が控えている。前述のダイバーシティ調査では、女性主導のプロジェクトが50%を超えていたことを付け加えておく。

Netflixが世界の価値観を変える? 

映画界の巨人・ディズニーも「Disney+」をローンチし、動画配信サービス市場はさらなる激戦が予測される。しかしNetflixが他と一線を画すのは、視聴者を含む映像産業全体に「革命」をもたらした点ではないだろうか。冒頭に紹介した基金からも分かるように、Netflixは多様性支援の姿勢を一層明確にしている。

メディアが私たちに及ぼす影響は大きい。今後、Netflix作品は私たちの価値観すら変えていくかもしれない。10年後、世界はどのように変わっているのだろうか。少なくとも今より多様性に満ちた、明るい世界であること願いたい。

企画・文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit

<参考>
Netflix to Invest $100 Million to Improve Diversity in TV Shows, Films
In 2020, Hollywood Reckoned with Its Past — and Present — When It Came to Diversity