芸人マシンガンズ滝沢が考えるSDGs12「つくる責任 つかう責任」ーーごみ清掃員として見てきた食品ロス・廃棄の現実

滝沢秀一 滝沢秀一 2020.10.20

滝沢秀一

1976年、東京都生まれ。98年に西堀亮とお笑いコンビ「マシンガンズ」を結成。08年に結婚し、12年からごみ収集会社に就職。ごみ清掃員と芸人の両立で話題となり、著書「このゴミは収集できません」をはじめ、清掃員体験を題材にした著書を続々と出版。近著に漫画「ゴミ清掃員の日常 ミライ編」(講談社)、絵本「ゴミはボクらのたからもの」(幻冬舎)、「やっぱり、このゴミは収集できません」(白夜書房)がある。
今年10月に環境省の「サステナビリティ広報大使」に就任。

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ごみ清掃員として目の当たりにする廃棄問題

世界経済フォーラムによると日本のSDGsの認知度は28カ国中、最下位だという。国内に目を向けるとSDGsの認知度は29.1%で3割に満たない。(※電通調査)

日本でのSDGsの周知は急務だが、とりわけ12の「つくる責任 つかう責任」は、ごみ清掃員として働いていると深刻な現実を目の当たりにする。消費社会において、まだまだ使えるものが捨てられていることは日常茶飯時だが、こと食べ物に関しては、回収していて心が痛む。我々ごみ清掃員はそんな現実を見ても、与えられた仕事はごみを回収することなので、心が痛んでも置いていくわけにはいかない。

2年前、恵方巻の廃棄で食品ロスの問題が取り上げられたが、メディアの情報だけ見ると、廃棄覚悟で作られた恵方巻きは金の成る木として製造する企業の在り方について論じられ、多くの世間の共感を得た。それはたしかに間違えていないが、それに伴い食品ロスの多くの原因は食べ物を消費者に提供する企業側が、日本の食品ロスを巻き起こしていると勘違いしている人も中にはいる。

家庭から「食べられるもの」が捨てられている

しかし消費者庁の発表では日本の食品ロスの全体の46%が家庭から出ている。一方、企業は54%で、数字だけみると、約半分近くは家庭から、まだ食べられる食べ物が捨てられているデータがある。

一見信じられない数字だが、ごみ清掃員をやっているとその数字も妙に納得してしまう。

備蓄用にとっておいていただろうカレーのレトルトが3、40袋出ていたこともあるし、キャベツ、レタス、一部だけ切り取られているパプリカ、小松菜、ほうれん草、先端が黒くなっている人参、半分だけのリンゴ、納豆、豆腐、もやし、色の悪くなった手のつけられていないパックのひき肉、たまごなど例を挙げればきりがない。

またお中元やお歳暮のシーズンになると事態は深刻になる。箱から出されていない高級ゼリー、バームクーヘン、干物のセット、メロンがまるごと3玉出てきたこともあった。

またイベント事があると、クリスマスの数日後にはケーキが捨てられていることもあるし、正月明けにはおせちの食べ残しもよく見られる。

またイベントではなくても、驚くことに秋口になると古米がごみに出されている。古米と言っても昨日まで食べていたような米である。黄色く変色もしていない米は洋服や排水溝に詰まった髪の毛とともにごみと一緒に捨てられている。新米を買ってきたという理由で昨日まで食べていた米は食べられずに捨てられる。

日本の食品ロスは年間612万トン。食品事業から出されるゴミは約330万トンだとしても、家庭から排出される食品ロスは約281万トンにも及ぶ。ごみ清掃員をやっているとこの数字は腑に落ちる。従って日本から出る食品ロスは家庭から出るものにも責任はある。

「形が悪い」と廃棄の現状

もちろん家庭だけにその責任を押し付けるものではない。

以前、卸業のゴミを回収したこともあるが、そこに捨てられていたものは形の悪いいちごやキウイがダンボールに詰められて捨てられていたこともあった。これは卸業の批判ではなく、知らず知らずのうちに消費者が形の良いイチゴを求めているニーズに応えている卸売業の形態を見たという事実である。

ごみ清掃車の回転板に挟まれて、大量の赤い液体とともにゴミにまみれて圧縮されていった。我々の考えているいちごにそぐわない形になった果実は廃棄になる。

またテレビ番組の企画で日本がどれほどの食品ロスを生んでいるかというロケで、芸人として参加した私はそのときに、またもや衝撃的な光景を目の当たりにした。

目の当たりにした「見込み発注」

スーパーから排出される食品ロスを集め、恵まれない人たちを支援しようというフードバンクの活動を見学させていただいた。スーパー3軒分から出た食品ロスは、小部屋いっぱいになっており、その中には賞味期限の切れていないパンも含まれていた。なぜこれが食品ロスになるのか聞いてみると、「見込み発注」というものに該当するということだった。

見込み発注とは注文されるだろう商品を前もって予想して製造しておく。注文されてから作っていては流通が間に合わない。つまり売り損を防ぐためにあらかじめ製造しておく。注文が入らなければ廃棄にするという方法が取られている。

私は40年近く生きていてその仕組みを全く知らなかった。

我々は当たり前のようにしている生活スタイルが、実は多くの犠牲を強いていることを知らなかったことに衝撃を受けた。

地方のスーパー3軒分でこれほどの廃棄が出されているのならば、全国レベルで考えれば一体どれほどの食品ロスが排出されているのだろうと思う。またそのフードバンクが集めた食品はそれ以外にも日持ちがする物は倉庫の方に保管してあるというので、お願いして見せてもらい、さらに衝撃を受けた。

特徴的だったのは、季節限定品の商品である。

例えばハロウィンが近ければハロウィン風のパッケージにしてイベントが終われば、その商品は中身が食べられる物であっても、売り物にならないので廃棄される。

負のスパイラルを変えなければいけない

このように書くとやはり企業の姿勢が問われるように思われるが、果たしてそれだけだろうかと私は考えた。

先ほど述べた『見込み発注』のことである。

顧客のニーズに応えるのが企業である。求められれば製造するし、製造すれば消費をするという負のスパイラルに陥っているような気がするのは私だけだろうか?

そして食品ロスの46%は家庭から排出されている。

個人レベルで考えれば、自分はこれしか捨てていないという意識かもしれないが、ごみ清掃員から見ると各家庭のまだ食べられる食べ物も1町会分を見ているとこれでいいのかという気持ちになる。

まず始めにやるべきことは、私が見てきたこの現実を一人でも多くの人が知り、その現実を目の当たりにした時に何を感じるのか? ということを話さなくてはならない時期に来ていると思う。

『つくる責任』は自主的に任された道徳を企業はどう世間に示していくのかが問われていて、『つかう責任』は生活者は何を選んで何を支持していくのかが問われている。

SDGsはこのままの世の中でいいのかということを我々に問いかけているが、そもそも知らなくては良いも悪いも判断できない。冒頭でSDGsの認知度を書いたが、現在日本人は3割弱しか知らない。

私がごみ清掃員として見てきた現実をまずは皆さんに知っていただき、これから私達はどうしていくのかを考えるにあたって、まずは知るということが大切である。

文:滝沢秀一(マシンガンズ) 

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